第2章29 提案

 皮蛋を巡ってのやり取りの後、コース料理が順番に運ばれてきた。激辛ってわけでもなくて所謂家庭の味に近い感じでとても美味しい。くるくるとテーブルを回して、それぞれ食べたいものを取っていく。


「さて、食べながら先ほどの続きですけど、久遠さんはKERBEROSを離脱してからのことは全くの白紙状態なんですよね?」

「はい、Rising Leoのリザーブとして入らないかって言ってもらえたんですけど、まだ僕自身のメンタルが競技シーンに耐えれるか分からないので断りました」

「かといっていつまでも宙ぶらりんの状態では生活もありますものねぇ」

「はい…ひとまず一人暮らしは辞めて実家に帰ろうかと考えてます。そんなに遠いわけではないですし」


 KERBEROSを辞めて収入源が絶たれてしまえば、そう遠くないうちに生活費は底をつくだろう。貯金なんてまだできてるわけじゃないだろうし。失業保険とかがどうすればもらえるとか、俺らには全然分からないしなぁ。そうなると取れる手段は実家に帰るくらいしかないだろう。


「そうですねぇ。仰る通りなら別のチームを探すというのも解決とは違いますね。TBをプレイするのが楽しいと思えないといけません」

「はい。リハビリじゃないですけど、気持ちを整理する時間がほしいです」

「そうだ!」


 茜さんが何かを閃いた様子で手を叩いた。


「久遠さんにうちの子達のコーチングをお願いするというのはいかがですか?」

「コーチング…ですか?」

「はい。H4Y4T0さんとSetoさんにもお願いをしているのですが、2人はRising Leoとしての活動がメインなのでそんなに長時間お願いはできないんですよ。実はうちの子たちでもうじき始まるプロリーグ予選に参加したいと言っている子達がいまして。H4Y4T0さん達に見てもらうか、他に探すかも考えているようですが、大半の配信者の方々もプロリーグ予選に参加するので空いてないんですよ」


 なるほど、その手があったか。これなら久遠はプレッシャーがかかることもないし、ガチガチに練習をする必要もない。久遠は火力も高いけど振り切ってるわけじゃない。どちらかといえば久遠は俺のオーダーについての質問をかなりしてた気がするし、IGLとして成長したいと言っていた。


「でも、コーチングはあくまでH4Y4T0とSetoが頼まれたことじゃないですか? いきなり外部の人間が来てもその子達もびっくりしちゃうんじゃないかと」

「そこはちゃんと私からも説明しますよ。もちろん了承が取れて、久遠さんとその子達が話してみて問題なければという話です」

「はぁ…」

「気になるのであれば、そうですねぇ。言い方の問題ですが、久遠さんはRising Leoの預かりということにしてみては?」

「預かり…ですか」

「はい。リザーブというわけでもないですが関係者ではある。それくらいのふんわりとしたものです。皆さんはいかがですか?」

「俺は問題ないです。久遠ならフィジカルもIGLも見れるでしょうし」

「俺もいいと思います」

「ひぃはどうかしら?」

「あたしもいいと思う。というか大賛成かな」


 全員が茜さんの意見に賛同した。あとは久遠の気持ち次第か。久遠は突然の提案に迷った様子を浮かべている。


「久遠、受けてみないか?」

「H4Y4T0…」

「選手としてじゃなくて教える側に回ってみると、TBをまた違う視点で見られると思う。それに、コーチングを経験したからこそ言えるけど、いいもんだよ。なぁSeto」

「あぁ、折角茜さんが言ってくれてんだ。お前なら出来るよ。それに、なんかありゃまた頼ればいい。手伝うからよ」

「いかがですか? コーチ就任が正式に決まれば、しっかりと報酬もお支払いします。生活の問題もひとまず目途がつきますし、TBと自身のことを見つめなおすきっかけになるかもしれません。上手くいかなければ、次のことを考えればいいんですし」


 俺たちの話を噛みしめるように聞いたあと、久遠は一つ息を吐いて茜さんに向き直った。


「分かりました。ありがたくそのお話をお受けさせてください」

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