第2章27 縁
ポカンとした様子の久遠の表情を見て可笑しそうに笑う茜さん。でも、言われるまで俺も全く思いつかなかった。確かに久遠も、ひよりも、俺たちも、まだ成人してすらないんだな。
「ひぃはたしか今年で成人だったから皆さんの一歳年上ですね。それでも大して変わりません。もちろんそれなりの割合で社会に出ている人もいるでしょう。でも、大半はまだ学生という身分で社会に出ることなく日々を過ごしています。私も同い年のころは、いずれ来る就活のことも考えず、親からの援助を受けながら気ままに過ごしていました。その年で厳しい勝負の世界に身を置くことがどれほど過酷か。あの頃の私では想像すらできないでしょうね」
茜さんはそう語りながらどこか上の方に視線を送る。自分が俺たちと同い年の頃の思い出を振り返っているのだろうか。
「もちろん、楽しかったし掛替えのない思い出もあります。でもね、ふと思うことがあるんです。あの頃もっと何かをしていれば、本気で取り組んでいれば、自分は今よりすごいことが出来たんじゃないかって。漠然としたものですけどね」
「でも、ぶいあどを立ち上げて、十分すごいんじゃないですか?」
「うふふ、ありがとうございます。これはある種のないものねだりみたいなものです。人間どれだけ願っても、お金を積んでも、過去に戻ることは出来ませんから。若いって、もの凄いことなんですよ? 可能性の塊です。いくらでも挑戦ができます。でもね、年を経るにつれ、そういったことは出来なくなってしまうんです」
「……」
「ですから久遠さん。無責任に聞こえるかもしれませんが、大丈夫です。あなたが今回挑戦したという経験はいずれ、時とともに必ずあなたを強くします。それは、H4Y4T0さんとSetoさんにとっても未知のもの。誇っていいんです。自分を責める必要などどこにもありません」
「どうして…そこまで」
どこまでも温かい言葉をかけてくれる茜さんに、久遠は理由が分からないといった様子で問いかける。今日初めて会った、よく知りもしない人間相手にどうしてこんなに優しくできるのかと。
「そうですね。もう同じ失敗を繰り返すつもりがないから、でしょうか」
「失敗?」
「えぇ。私は同じく心に傷を負ったひぃを無為のせいで危うく失うところでした。ですから、大切な人を全力で守ると誓っているのですよ」
「でも、僕はあなたと今日あったばかりで」
「ここにいる3人は私にとって掛け替えのない大切な存在です。なら、その3人が大切に思う人も同じ、ということでどうですか?」
「……」
「確かに私たちは今日が初対面です。でも、素敵な縁だと思いませんか? この繋がりも、あなたがこれまでの過程で得たものですよ」
「…ありがとうございます」
「はい」
涙ぐむ久遠に朗らかな笑みを向け、久遠さんがぱんと手をたたく。
「さて、ひとまずお昼にしましょうか。近くにおいしい中華のお店があるんです。話の続きはご飯を食べながらで」
茜さんの誘いを受けて、俺たちは会議室を後にする。後に続く久遠が目を擦っていたので鞄からポケットティッシュを取り出した。
「ほら、擦ると目が赤くなるだろ」
「ありがとう。持ってくるの忘れちゃってたよ」
「いい人だろ?」
「本当にね。こんな優しくしてもらえるなんて思ってなかった」
「そういえば髪伸ばしてたんだな」
久々に会った久遠は俺たちの大会のときのボブカットからだいぶ伸びていた。今は肩より少し下くらいか。
「伸ばしたっていうか伸びたっていうか…あはは、髪の毛気にしてる余裕もなかったというか」
「そっか。上のほうだいぶ地毛伸びてるもんな」
「み、見ないでくれるかな。今度ちゃんと染めてくるから」
「はは、ごめんごめん」
「H4Y4T0はさ、髪型どう思う?」
「う~ん、そうだなぁ。そのまま伸ばしとくのもいいかもだけど、せっかくなんだしバッサリ切って前みたいにしたら? 気分転換にもなるだろ」
「そっかぁ。たしかに嫌な思い出ごとバッサリいっちゃおうかなぁ」
「それがいんじゃん? 前の髪型似合ってたし」
「そう? じゃあそうする」
「おう」
「……」
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