第2章26 過程

「はい、H4Y4T0さんも頭を上げてください。それでは具体的なお話に移りますね。久遠さん、契約書は今日お持ちですか?」

「はい、持ってきてます」

「では写しを取らせてください。あと、契約関係なので守秘義務もあるかと思います。弁護士に内容を確認させるにあたって委任状を交わしておいたほうがよいでしょうね。この後どう動くか分かりませんし、あちらさんとやり取りすることになったときに必要になるかもしれませんから。すぐに雛形から起こすので後ほどサインをお願いします」

「分かりました」


 委任状か。そんなとこまで頭が回ってなかったな。やっぱり組織を運営する人に相談して正解だった。


「さて、H4Y4T0さん達の相談の主旨というのはこれで解決ということになりますか?」

「そうですね。あとは弁護士さんに内容を確認してもらってから動くことになると思います」

「そうですか。思ったより早く終わってしまいましたね。お昼にするには少し早いですし、よろしければ久遠さんのことを教えてください」

「え、僕のことですか?」

「えぇ。先ほど簡単にお話しは伺いましたけど。久遠さん、あなたからも聞かせてくださいませんか?」

「分かりました」


 久遠はKERBEROSに加入する経緯や、実家の事情、TBが楽しくなくなってしまったことを詳しく語った。昨日の顛末も。辛そうに語る久遠はとても小さく見えて、茜さんは一言も口を挟まずにただ頷きながら耳を傾けていた。やがて久遠の独白が終わる。久遠は話しているうちに俯いてしまっている。そんな久遠に、茜さんはいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを向けていた。


「久遠さん」

「…はい」

「よくここまで、たった一人で頑張りましたね。私はあなたを尊敬します」

「……」

「慣れない環境で、さぞ心細かったことでしょう。そんななかでも努力を続けることは生半なことではありません」

「でも…僕は結果を出せませんでした」


 プロは結果を求められる。当たり前で厳然たる事実だ。実際、久遠はKERBEROSで周囲を認めさせるだけの結果を出すことが出来なかった。戦力外扱いを受けたことで、すっかり自信を喪失してしまっているのがありありと伝わってきた。


「確かに、結果は大事です。私もそれを否定はしません。分かりやすく収入に直結するものですから、プロを名乗る以上、ほとんどの社会人が求められるのは結果です」

「はい…」

「今もあなたが言い訳することなく、結果を受け入れている姿勢はすごく立派だと思います。でも、だからこそ、私はあなたの今回の結果に至る過程も評価されるべきだと思います」

「過程…」


「そうです。あなたはさっき言ってましたよね。KERBEROSでも連携が形になってきたと。そんな精神状態の中で、よく自分の実力を向上させ、チームに合わせることが出来るものです。なかなか出来ることではありません」

「…でも、過程なんて一切見てもらえませんでした。求められるのは結果だけで…僕は何の成果も出すことが出来なかった」


「確かに、結果だけで物事を判断する方もいるでしょう。一概にそれを間違いと否定することもできません。でも、極論を言えばそれだと頂点に立つ者以外は全員結果が出せなかったということになりませんか?」

「……」

「あくまで極論ですけどね。でも、極論が成立しないということはどこかに妥協点があるということです。ここまでの結果ならいいとか、他の要素とか。私は、その他の要素というのが過程であると考えています」


 確かに。結果だけで判断するなら1位以外は全員結果を出せなかったことになるよな。でも、2位でも、3位でも、おめでとうと言われることはあるし、喜んでくれる人もいる。人の満足する結果の基準はそれぞれだし、過程を評価されることだっていくらでもある。


「私の言うことを、最も体現してくれている子があなたの隣に座っていますよ。ね? ひぃ」


 茜さんはそう言って視線を日和に向けた。ひよりはどこか気恥ずかしそうにもじもじとしている。


「結果だけを求めるのであれば、この子がH4Y4T0さん達から声を掛けられることはなかったはずです。どれだけ伸びたといっても、実力はまだまだ発展途上でしょうから」

「が、頑張るもん!」

「えぇ、頑張ってるんでしょうけど頑張ってね。久遠さん、もしこの子がRagnarok Cupで優勝できなかったとして、H4Y4T0さん達はこの子を誘わなかったでしょうか?」

「…いいえ、きっと誘っていたと思います」

「どうしてですか?」

「H4Y4T0とSetoは、ひよりの努力の過程を見ていたから」

「だそうですが、いかがですか? H4Y4T0さん、Setoさん」

「仰る通りです。たとえ最下位だったとしても、声を掛けてました」

「俺もです」


 俺とSetoの断言にいよいよひよりは顔を真っ赤にしてしまった。もちろん、ひよりのポテンシャルに惹かれたってのも一つだけど、ひよりが全身全霊で努力する姿勢が俺たちに響いたんだ。そうでなければ、きっと俺たちの関係はRagnarok Cupで終わっていた。


「ただのカジュアル大会なのに、ひぃの頑張りを見て実況の方が涙を流されていました。たくさんの視聴者が感動した、泣いたとコメントを下さいました。みんな、ひぃの過程を評価して下さってです。人は、誰かが”本気”で取り組む姿に感動するのだと思います。人を感動させるということ、それも、一つの大きな結果だとは思いませんか?」

「はい…そうですね」

「ですから、私はあなたの過程も評価します。あなたが決して手を抜かなかったことは、ギリギリまですり減ってしまった様子を見れば分かります。望んだ結果は得られなかったかもしれない。深く傷ついたかもしれない。でも、何度でも言いましょう。本当によく頑張りましたね」

「……グスッ」

「頑張り過ぎて疲れたなら、少し休んだっていいんです。あなたは一つ忘れていますよ」

「忘れてる?」


 茜さんは半泣きで問い返す久遠に悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あなたがまだ18歳の女の子だということです。背伸びしすぎなんですよ。タバコも吸えないのくせに」

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