第2章25 事務所にて

 翌日、俺たちはぶいあどの事務所を訪ねた。応接室に通され、4人で茜さんの到着を待つ。

 待つこと数分、程なくしてノックの後に茜さんが入ってきた。


「こんにちは…あら、4人でお越しでしたか。ここだと椅子が足りませんね。会議室に変えましょう。たしか空いているはずですから。どうぞ」


 茜さんの案内に従って会議室に場所を移した。長方形状に机が配置されていて、俺たちは入り口に近い席に一列に並ぶ。所謂下座だっけ。


「どうぞ奥へ。皆さんはお客さんですから」

「いえそんな」

「お若いのにしっかりしていらっしゃいますね。まぁ席の上下は考えないようにしましょう。ではどうぞお掛けになってください」

「はい、あっ、その前に」


 俺は茜さんから一番離れたところにたつ久遠を手招いた。久遠は緊張した様子で茜さんの前に立つ。久遠が口を開くより茜さんが早く動いた。


「こんにちは久遠さん。そこの楠が所属するぶいあどの代表を務めています。楪 茜と申します」

「は、はい。初めまして。久遠と申します。…あ、あの、H4Y4T0から聞いていたんですか?」

「いいえ? H4Y4T0さん達のチームメイトだったんですよね? あの大会を私もアーカイブで拝見しましたので、お顔を見てすぐに分かりましたよ」

「そうですか」

「さぁ、どうぞ皆さんお掛けになってください。久遠さんも緊張する必要はありませんから」


 茜さんに応じて俺たちは椅子に腰かける。ちょうどスタッフさんが飲み物とお茶請けも置いてくれた。


「このお菓子は私のお気に入りなんです。仕事の合間についつい食べてしまって、最近太り気味になってしまったんですけど」

「全然太って見えないですけど」

「まぁ、お上手ですねH4Y4T0さん。でも、そういうことはひぃに言ってあげてくださいね?」

「なっ…やめてくださいよ茜さんまで」

「そ、そうだよ! 茜さんまで厄介しないで」


 俺たちの反応を面白そうに眺める茜さん。この人まで厄介側に回られたらたまったもんじゃないぞ。


「うふふ、ごめんなさいね。ついつい」

「はぁ、お菓子いただきますね…。ほんとだ、美味しいですね」

「でしょう? 無限にいけちゃうんですよねぇ。何か良くない成分が入ってるんじゃないかと最近は危惧してます」

「カフェインみたいな?」

「えぇ、ニコチンみたいな」

「え?」

「え?」


 茜さん…まさか…。


「あら、ご存じなかったかしら。私ヘビースモーカーですよ?」

「うん、茜さんすごい吸ってるよね」

「……」


 いや意外すぎるんだが? 茜さんがタバコの煙を吐いてるイメージが全く湧かない。


「まぁ加熱式ですから臭いはしないですよ。人とよく会う立場ですから紙タバコは卒業しちゃったんですけど、普段から社長室でぷくぷく吸っています」

「美味しいんですか?」

「あら、ご興味がおありですか? 最高ですよ? おススメはしませんけどね。それにまだお子様には早いです」

「お子様って…」

「うふふ、ちゃんと20歳になってからです。もし吸うようになったらご一緒しましょう。タバコミュニケーションって案外馬鹿に出来ないんですよ?」

「へぇ~」

「ちょっと茜さん、変なこと吹き込まないで! H4Y4T0も絶対吸っちゃダメだからね? これ以上不健康になったら死んじゃうよ?」


 ひよりが慌てた様子で待ったをかけてきた。そりゃ吸いたいと思ったことはないけど、興味くらいはあるからなぁ。茜さんめっちゃ美味そうに吸ってるし。依存しない程度にしとけばいいんだろ?


「うふふ、まぁタバコの布教はこのくらいにしておきましょうか。さて、それではH4Y4T0さん、今日のご用件を教えてください」

「はい」


 俺は昨日久遠から聞いた事のあらましを茜さんに説明した。KERBEROSで戦力外扱いを受けたことやメンタルが不調になっていることも含めて。そして、契約解除するにあたって久遠が違約金などを支払うような羽目にならないか、ぶいあどの弁護士に確認してほしいという今日の相談の主旨を打ち明けた。


「なるほど。事情はよく分かりました」

「お願いします。もちろん相談費用はこちらが負担しますから、紹介していただけないでしょうか」

「お願いします。力を貸してください」


 俺とSetoは立ち上がって頭を下げる。それを見て、俯いていた久遠も弾かれるように立ちあがって俺たちに続いた。


「承りました。ぶいあどが契約する弁護士に取次ぎましょう」

「ありがとうございます」


 茜さんは快く引き受けてくれた。願いが聞き入れられたことで、ホッと胸を撫でおろす。


「それと、費用は結構です。うちはあなた方のスポンサーですし、契約書の内容を確認するくらいならそんなにコストもかからないでしょう」

「いえ、それはさすがに出来ません。今回の件はRising Leoとは関係ありません。きちんと費用は払わせてください」

「そうです。紹介して下さるだけでも本当に有難いです。僕がちゃんとお支払いしますから」

「無関係、ということはないと思いますよ? 恐らく、きっとこの話を私に持ち掛けるまで、4人でたくさんお話ししたんじゃないですか?」

「それは…そうです」

「ひぃ、あなたがここにいるということは、あなたも同じ気持ちなのでしょう?」

「うん。他人事じゃない。あたしも久遠の力になりたい」

「ならこれはRising Leoにとっても重要なことです。H4Y4T0さん、私はRising Leoのサポートをお約束しました。ですからこれもスポンサーとしての役目の範疇、ということにしてください」


 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべる茜さん。昨日用件も聞かずにこの場を設けてくれたことも含め、感謝してもしきれないな。


「本当に、ありがとうございます」

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