第2章23 似た者同士

 久遠はひよりに謝罪する。誠心誠意、心を込めて。多分、声の感じからPCの前でも頭を下げてるんだろう。もちろん、謝って済むかどうかはひより次第だ。気持ちをこめたかどうかなんて本人にしか分からない。ひよりが納得してくれて、初めてけじめがつく。久遠は黙ってひよりの沙汰を待った。


「久遠さん」

「はい」

「あなたの謝罪を受け入れます。それと、あたしもごめんなさい。あなたにひどいことを言ってしまいました」

「そんな、あなたが謝ることなんて」

「ううん、売り言葉に買い言葉だけど、そこはちゃんとしないと。特に、H4Y4T0とSetoと組む資格がないっていうのは余計だった」

「事実だよ。それに、僕自身も自覚してることだから。それより、怒ってないの?」


 あまりにすんなりと謝罪が受け入れられ、久遠は当惑した様子だ。その上ひよりからも謝らるなんて夢にも思ってなかったろう。


「全然。もしあたしが怒ってるとしたら、H4Y4T0とSetoを傷つけたことかな。でも、2人が気にしてないならあたしがとやかく言うことじゃない」

「でも…僕はあれだけたくさんひどいことを」

「あはは、あたし弱いとかその手のことを今まで散々言われ続けてきたからね。今更言われても効かないっていうか、慣れたというか…なんか前を思い出して凹んできたぁ」

「ご、ごめん! そんなつもりで言ったわけじゃ」

「もう、冗談だって。ほら、ちゃんと謝ってくれたし、あたしは許しました! 許したんだからいつまでもしょぼくれないでよ」

「うん…」


 久遠としてみれば、さっきの仕返しにボロクソに貶されたほうがよっぽどすっきりするんだろう。こんなにあっさりと許されて、気持ちの切り替えが上手くできてない。


「あたしがどうしてこんなにあっさり許したのか分からないって感じなのかな?」

「うん…」

「まぁそれもそっか。あたしが久遠さんのこと知らないのと同じように、久遠さんもあたしのこと知らないよね」

「そ、そうだね」

「あたしね、ちょっと前までTBを辞めようと思ってたの」

「えっ?」


 ひよりの突然のカミングアウトに久遠は面食らったようだ。実は俺もここまであっさりひよりが許したのを疑問に思ってた。でもそうか、そうだよな。俺たちの中で一番久遠の気持ちを理解できるのはひよりなんだ。


「あたしは1年ちょっと前に初めてTBでFPSに挑戦したの。最初は操作も覚束なくてほんっっっとに何も出来なかった。でもなんだか無性に楽しくて、毎日毎日プレイしてようやくダイヤに上がったの」

「そうだったんだ」

「うん、でも、コメデモとかアンチとかに悩まされてね。悔しくて意地になってソロでレートに潜るようになったけど、ダイヤⅣとⅢを行ったり来たりして停滞して、TBをプレイするのが嫌になってた」

「……」

「ゴースティングに狙われて、負けたら雑魚って叩かれて、勝っても嫌なこと書かれて。メンタルはズタボロで、事務所の代表からも真剣に活動を休止して精神科に通うように言われてたの」

「そこまで…」

「うん。ほんとに、あと少し遅かったらあたしは心が折れてTBを辞めてたと思う。多分、Vtuberも」

「……」

「だから、久遠さん見てるとどうしても思っちゃうんだ。似てるなぁって」

「うん…そうだね」

「あっ、もちろん久遠さんとあたしの環境は違うよ? 久遠さんの方がずっと高いレベルで活動してたから、同じとまでいうつもりはないんだけど」

「いや、分かるよ。僕も聞いてて似てるって思った」

「あはは、そっか。じゃああたし達は似た者同士だね」


 2人とも、TBをやるなかで心に傷を負った者同士だった。経緯は違うけど、好きだったはずのTBが嫌いになってしまう辛さを共有することができる分、お互いにシンパシーを覚えるのかな。


「心が折れる直前に、あたしはH4Y4T0とSetoと出会った。そして、救ってもらった。だからあたしは今もこうしてここにいられるの」

「うん、でもそれは君が君自身の努力で勝ち取ったんだ。僕はもう心が折れちゃったけど」

「まだ折れてないよ」

「えっ」

「だって、未練があったから、助けてほしかったからここに来たんでしょ? ならまだあなたの心は折れてない」

「どうなんだろう…。自分でも分かんないや」

「大丈夫、きっと2人がなんとかしてくれる。あたしも手伝う。だから、元気出して」

「うん…ありがとう、楠さん」

「ひよりでいいよ、久遠って呼んでもいい?」

「…もちろんだよ」


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