第2章22 ”真”意

「ここまで来て、まだ隠すのか?」

「も、もう嘘なんてついてないよ。今更隠してもしょうがないし」

「ふん、ならよっぽど強情なのかお前自身自覚してないのかってことだな」

「何を言って」

「いい加減認めろよ。お前、助けてほしかったんだろ?」


 単純なことだったんだ。心が折れて、辛くて、どうしたらいいか分からなくて。久遠は俺たちに頼りたかった。


「散々回りくどい真似して、言いたくもない嘘や言葉を並べ立てて、自分1人を悪者にして未練を絶つ? 馬鹿だお前は! どんだけ頼るのが下手くそなんだよ!」

「……」

「自分から出ていったとか、新しいチームを組んでるからとか、色々俺らに気を遣ったんだろうけどなぁ。気にしなくていいんだよ!  俺たちが困ったとき、お前はいつでも助けてくれたじゃんか!」

「だって…僕にそんな資格なんて」

「仲間だろうがこの馬鹿!」

「でも…僕は、2人の誘いを断って」

「関係ない!」

「あんなに、ひどいことをたくさん」

「俺も言ったからあいこでいいだろ」

「……うぅっ……」


 今なら分かる。Setoから言葉を遮られたとき、なおも続けられなくてひよりに対象を変えたのも。ひよりから逃げるなと言われたときに通話を切れなかったのも。久遠が俺たちとの関係を断つことを無意識に躊躇ったからだ。


 気づかないでくれと願いながら、本当の本当は気づいてほしかったんだ。じゃあリザーブに入れてよ! って口走ったのが、ある意味一番久遠の本心に近かったのかもしれないな。


「いい加減、自分の心に蓋をするのはやめろよ! 周りのことをよく見て助けられるお前が、どうして自分だけ助かろうとしないんだ!」

「……」

「ひよりに気づかされるまで、あんな演技に騙された俺も大馬鹿だ。でも、これで全部はっきりしたぞ。あとはお前次第だ」

「……」

「言えよ早く! 自分の口で!」

「……て」

「なんだって? 聞こえねぇよ!」

「…助けてよH4Y4T0ぉ…。僕…どうしたらいいの?」

「助ける。一緒に考えよう」

「うぅ…グスッ…うぅっ…うわぁあぁぁぁああぁぁ!」


 やっと…やっと聞けた。これが本当の本当の本音だ。周りのことをよく見て、気を配れるからこそ、自分自身のことを後回しにしてしまう。長所と短所は紙一重とはよく言ったものだ。


 Sleeping Leoの頃、いつも俺たちのことを支えてくれた頼もしさに助けられていた。苦楽を共にしたチームメイトの元を離れて、慣れない環境でただひたすらに結果ばかりを求められる日々。辛かったろう。心細かったろう。あの頃、俺は久遠に助けられた。今度は俺が助ける番だ。


 通話越しに啜り泣く久遠。ここまでたった1人で抱えに抱え込んだ感情が堰を外されようやく溢れ出した。決壊した感情が落ち着くまで、俺たちは黙ってそれを聞いていた。


「落ち着いたか?」

「…うん…ありがとう」


 ようやく泣き止んだ久遠は、ひどく弱々しいけど小さく返事を返す。


「Seto、勝手に話進めちゃったけど、どう思う?」

「そうだなぁ。おい久遠」

「…うん」


 さっきまで黙って俺に任せてくれていたSetoが久遠に声を掛ける。


「この際だから教えてやるよ。H4Y4T0はなぁ、お前のことすごく心配してたぞ。お前がオファーが来たって言ってたチームのことをめちゃくちゃ調べて、俺にも手伝ってくれって頼んで。出てってほしくないはずなのに、せめて一番いいところに行ってほしいってよ」

「…そんなの…知らなかった」

「言ってねぇからな。お前の事情も知ってたから無理は言えないって。でも、お前が抜けてから1週間くらいこいつガチで使いもんにならなかったからな。あんまりひどかったから俺も抜けてやろうかと思ったくらいだ」

「お前、それは言うなって言ったろ」


 なんでバラすんだよこいつは! ダセーから言うなってあれほど言ったのに。


「まぁなんだ。俺もH4Y4T0と同じ気持ちだよ。仲間なんだから、もっと気楽に頼ってくれよ」

「Seto…ありがとう」


 Setoも俺の考えに賛同してくれた。久遠も感謝の言葉を返す。なら、やらなきゃいけないことはあと1つだ。


「久遠、俺とSetoの意見は同じだ。でも、けじめはつけてもらう。筋を通せよ」

「うん…分かってるよ」


 俺とSetoはいい。これまで一緒にやってきた仲で、意見がぶつかり合うことなんてよくあった。初めて久遠が弱みを見せたときくらい、何も言わないでやっていいだろう。


ただ、ひよりに対しては別だ。今回、どんな事情があるにせよ、久遠がひよりに浴びせた言葉は流せない。そこをなあなあにしたままで、救いの手を差し伸べることはいくら俺たちでもできない。


「楠さん」

「はい」


 久遠の呼びかけに、短く答えるひより。お互い固い口調で緊張感が伺えた。久遠は一つ小さく深呼吸する。


「さっきまで、楠さんに放った私の暴言の数々。本当に…本当に申し訳ありませんでした」

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