第2章21 大喧嘩

「お前、馬鹿だろ」

「馬鹿…かぁ。返す言葉もないよ。あれだけ滅茶苦茶なこと仕出かしといて、結局何もかもバレちゃった」


 自嘲気に呟く久遠。その言われるがままに受け入れるような態度が、全てが終わったと諦めきったような態度が、俺は無性に腹立たしかった。


「何全部終わりましたみたいな感じ出してんだよ。ふざけんじゃねぇよ! 何にも終わってねぇだろぉが!」

「……」

「何でもっと早く言わなかったんだよ。言ってくれれば…」

「それはさっき言ったじゃんか。言えるわけないって! 大体、言ったとして君に何ができるのさ! さっきチームには入れられないって言ってたくせに!」

「そりゃそうだろ。リザーブに入りたいとかならまだしも、ひよりと入れ替わるなんて非常識にも程がある。お前だってそれが分かってて吹っ掛けてきたんだろうが!」

「じゃあリザーブでいいから入れてよ!」

「入れるわけねぇだろこの馬鹿!」

「嘘つき!」

「お前が言うなお前がぁ!」


 初めてだ。久遠とこんな風にいがみ合うように喧嘩するのは。お互い考えも碌に纏まらずに口から言葉が迸ってる。久遠がじゃあリザーブでいいから入れてなんて子供じみたこと言うなんてな。それでも、この喧嘩だけは絶対に引き下がらねぇぞ。


「大体、甘いんだよ! 俺お前にあの時言ったからな。KERBEROSはやめといた方がいいんじゃないかって。それを聞かずに金に釣られるからこんなことになるんだよ」

「分かってるよそんなこと! だからプロなんて辞めようと思ったのに、君たちが楽しそうにしてるから嫉妬しちゃったんだよ! こっちはすごく苦しんでるのに」

「自業自得だろ! こっちだってお前が抜けて苦労してやっとひよりを見つけたんだ」

「うるさい! 結果論を振りかざしてこないでよ。リアルでもオーダー面しないでもらえる?」

「はぁ? してねぇだろ! 滅茶苦茶ばっか言ってんじゃねぇよ!」

「楠さんにかまけてこっちのことなんて気にもしてなかったくせに。なんだっけ、”てぇてぇ”って言うんだっけ? 羨ましい限りだね。死んじゃえばいいのに」

「この野郎…お前がプロリーグ予選前で集中してると思って」

「はいはいそうですね! いいですよそれで!」

「ガキかお前はぁ!」

「うるさい! 僕だってこんなことになってもう訳わかんないんだよ! 大人しく騙されて僕のこと切り捨ててくれてればこんなことになってない! H4Y4T0が悪い」


 もうお互いヤケクソみたいになってる。脇道にそれまくって何でこんな言い合いになったんだっけか。てか何で俺が悪いんだよ。どう考えても悪いのはお前だろうが。


「Seto、ちょっと止めた方が」

「やらせとけよ。てかやらせねぇとダメだ。俺も入りてぇけど今回はH4Y4T0の方がいいだろ」

「なんで? あたしのときはSetoが割って入ったのに」

「お互い憧れたもん同士だからってとこかねぇ。まぁうまく言えねぇけど」



「どうせH4Y4T0やSetoには僕の気持ちなんて分かんないよ。の2人には凡人の僕の気持ちなんて」

「……なんだと?」

「IGLとして、火力として、突出した能力のある天才の君たちには分からないって言ったのさ。KERBEROSの代表も言ってたよ。Seto君も獲得できていればってね」


 なかなかにクソだなその代表って奴。だけど今はどうでもいいや。


「俺が天才だって?」

「…そうだよ」


 あぁ、さっきまでの大声が打って変わって小さく低くなったのが分かる。でもな久遠、お前、地雷を思いっきり踏み抜いたからな?


「ざっけんじゃねぇえぇ!!!! 二度と、二度と俺をそんなみたいな言葉で呼ぶな! 何が天才だ! 俺は断じて、一切何も天からもらったりしちゃいねぇ!」

「……」

「俺のIGLとしての能力も、エイムも、フィジカルも、全部俺が努力して掴み取ったもんだ! 最初から持ってたもんなんて何もない! 全部俺が労力を、時間を、寿命を捧げて手に入れたんだ! 初めから持ってたみたいに言ってんじゃねぇよ!」

「…それはごめ」

「ここにゃあ誰も天才なんていねぇよ。いるのはただのTB中毒4人だ。俺も、Setoも、ひよりも、! このゲームで強くなるために命を捧げてきたんだろうが!」


 ここまでの大喧嘩のなかで、初めて久遠が押し黙る。俺も大声で叫びちらしたせいか、ここにきてスンっと急に冷静になってしまった。お互いに何も言わない。Setoもひよりも黙っている。しばらくの間、誰も言葉を発さないまま時が流れた。


「ごめん、天才なんて言って」

「あぁ、こっちこそ悪かったな。怒鳴り散らして」

「……」

「自分だけ劣ってるみたいに言うなよ。お前は、俺たちの要だったじゃんか」

「でも…あの大会でも目立ったのはH4Y4T0とSetoで…僕はそのお陰でオファーがもらえて」

「ほんとに馬鹿だな」


 ほんと、ひよりの時もそうだけど、ネガティブになると人間こうも視野が狭くなるんだな。目立たなかった? どう考えたらそうなるんだよ。


「たしかにIGLは俺で、一番キルを取ったのはSetoだよ。でも、あの大会で一番アシストを多く取ったのは久遠だろ」

「……」

「お前のカバーのお陰でSetoはキルを伸ばせて、俺はオーダーを通せた。久遠がいたから勝てたんだ。自分だけおまけみたいに言うなよ」

「……うん」


 久遠の声に交じって鼻をすするような音が聞こえた。今頃涙を必死に押し隠してるんだろう。

 

「はは、ごめんね。まさかH4Y4T0とこんな大喧嘩するなんて思ってなかったよ」

「俺もだよ。お互いガキみたいなひどい喧嘩だった」

「ほんとにね。H4Y4T0、女の子相手にあんな風に怒鳴らなくてもいいじゃん。すごく怖かったよ」

「聞き分けの悪いお前が悪い」

「それを言われちゃ言い返せないや。でも、全部ぶちまけたらすっきりしたよ」


 全部ねぇ。

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