第2章03 重大発表

 ゆっくりと頭を上げた茜さんは、一度大きく息を吐いてから再び語り始める。


「私が何もせずただ思い悩むことしかできなかったある日、配信を見るとひぃが久しぶりにコラボ配信をしていました。見れば、話題のプロゲーマー2人から指南を受けるという内容で。そこからのひぃのことは、配信をご覧になっていた方々ならお分かりだと思います。心から笑い、怒り、時には悲しみ。無理をした笑顔を張り付けていた頃とはまるで違い、本当に楽しそうに配信していましたよね。何も出来なかった私に変わって、ひぃを暗闇から引っ張り出してくれたのが、このお二人です」


 そう言って、茜さんは俺たちのほうを手で示す。


「トラウマから気が昂ったひぃに真正面からぶつかり合って、ひよりが完全に立ち直ることが出来たのを見たとき、どれだけ私が救われたか、適切に表現する言葉を見つけることができません。H4Y4T0さん、Setoさん。あなた方はこの子にとって、そして私にとっても大恩人です。本当にありがとうございました」


 茜さんは俺たちに正対し、三度深々と頭を垂れた。その真摯な姿勢に、俺たちは何も言葉を発することができなかった。やめてくださいとか、そんな社交じみたやり取りすら憚られるような気がしたし、この最敬礼を黙って受けるのが茜さんにとっての礼儀のように思えたから。



「先日、ぶいあどから公式リリースとしてひぃのRising Leo加入とプロリーグ参戦を正式に発表させていただきました。その前にこの子から相談を申し込まれ、話し合いの場を持ちました。大会に参加することのも含めて」


 茜さんはひよりの腰に手を回し、守るように立ちながら語り続ける。


「本当に真剣な表情でした。加入前に面談で話したときよりも緊張した様子で、何度もお願いしますと必死に頭を下げられました。恐らくこの子は私が許可を出さなければ、ぶいあどを去る覚悟を決めていたはずです」


 茜さんがひよりに視線をやる。ひよりは何も言葉を発さなかった。けれど、その無言は茜さんの先ほどの発言が間違いではないことを示している。


「今は該当の場面はカットされていますが、私はこの子がH4Y4T0さんとSetoさんからスカウトを受けるところも配信で見ていました。これまでの血の滲むような頑張りが認められ、お二人から誘いを受けた喜びで大泣きするのを見た後に、悲壮な覚悟で私に直談判しに来たこの子を、どうして私が止められると思いますか? 無理ですよ」


 やれやれといった様子で両手を軽く上げてひらひらとふる茜さん。だけどその表情はどこか晴れやかで。


「この子と、恩人たちの望みを阻むような不義理は私にはできません。むしろ、私に出来るサポートを全力でやることが、あのとき何も出来なかった私にできるせめてもの贖罪と恩返しです。ですから、本日よりぶいあどは、この3人が結成したRising Leoのメインスポンサーとして、来る世界大会に向けて全力でバックアップすることを、ここに併せて発表させていただきます!」


 新衣装お披露目と重大発表。わざわざ3Dでの発表にして、俺たちと同じステージ茜さんが表明したかったのがこれだ。公式リリースの3日ほど前、俺たちはひよりづてに茜さんからの要望を受けてぶいあどの事務所を訪ねた。そのときに丁重にお礼を受け、この提案をされた。


「バックアップの内容は、Rising Leoの公式HP作成・グッズ作成・販売体制の構築、動画編集のサポート、マネジメント業務などです。3人が大会に向けて邁進できる環境を全力で整えます」

「よろしくお願いします。動画編集とかまで全く手が回ってなかったんで、本当にありがたいです」

「ありがとうございます」


 今度は俺たちが茜さんに頭を下げた。俺たちを見る茜さんはにこにこと笑みを浮かべている。


「こちらこそ受けてくださってありがとうございます。これはあくまでスポンサー契約であり、お二人をぶいあどが抱え込むつもりはありません。あくまでうちに所属するのはひぃだけで、お二人が気に入ったチームが見つかればご自由に判断していただいて結構です」


 これも本当に有難かった。さすがに女の子だけのVtuber事務所に所属するってのは気が引けたし、俺たちに行動選択の自由を保障したうえでのサポートという申し出だったから、こちらとしてはデメリットが一切ない。チームが組めたからどこかにすぐに所属する理由も今はないしね。


「チームに所属するまではこちらから金銭面でのサポートも提案しましたが、それはお二人が固辞されてしまいました」

「そりゃなぁ」

「うん、ここまでしてもらってさらにお金までってのは貰い過ぎだね」

「そんな遠慮なさらなくていいのに」


 茜さんがちょっと拗ねた様子で口を尖らせる。そこまで面倒見ようとしてくれなくても十分してもらうんだから。恩返しムーブがメーターを振り切ってんな。


「無償では断られたので、協議の結果、お二人にはぶいあどのTBコーチに就任してもらい、ひぃにしていただいたようなコーチングを引き受けていただきました。もちろん、最優先はチームの練習で、あくまでこれはお二人の息抜きもかねてという意味合いです。うちのライバーもこの話を聞いてみんな大賛成でした」

「ひよりにコーチングしてみて得る物もたくさんあったので、都合のつく範囲で協力します」

「ありがとうございます。みぃがすごく楽しみにしてましたよ」

「柊さんかぁ、そういえばあれから結局TBやってなかったな」

「身内の厄介リスナーさんだっけ?」

「あはは、そうそう。あたしの同期でほら、Ragnarok Cupの最後に初動で当たった」

「あぁ、お前が化け物ムーブで爆殺した」

「人聞きぃ!」

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