第1章75 化け物
柊 美月視点
「ラストの試合。初動被せするよ」
「え?」
泥Cさんの提示に、予想してなかったうちは戸惑ってしまう。
「ここまで点差が開いたら自力だけじゃ逆転は無理だ。だったら初動でAceかH4Y4T0のところを落としにいくよ」
「でもそれで負けたら…」
「どのみちTriumphとって大量キルしても届かない可能性が高い。勝つためにはこれしかない。これまで2人とも頑張ってきた。優勝しよう」
情報解禁前から、声を掛けてもらって必死で練習してきた。慣れないセイメイだけど、楠がH4Y4T0さん達と頑張ってるのを見てきたから、あたしだってって頑張った。
もう一人のメンバーのハレルヤさんも歌い手としてめっちゃ有名なのにソロでグランデに到達するほどの猛者だったから、カスタムでも一番ポイントを取れた日があったくらい。
泥Cさんもハレルヤさんも、あたしに色んなことを教えてくれたし、引っ張ってくれた。
これだけ点差が開いてるのに、泥Cさんは微塵も諦めてない。アジア最高の司令塔が勝つって言ってるんだ。あたしが勝手に諦めてどうすんのさ!
「やりましょう」
「はい、うちも優勝したいです」
「よし。コメントで変なの湧く前に言っとく。これは勝つためにやるんだ。ルール違反でもなんでもない。文句があるなら俺んとこにこい。俺がこのチームのIGLだ」
プロってすごいなぁ。可能性が少しでも残ってるなら全力であがく。こんなに意識が高いんだ。
でも、うちも気付けた。さっきまでの脱力感はとこかに消し飛んで、今は体から炎が出そうなくらい熱い。絶対勝つ。
「泥Cさん」
「ん?」
「うち、楠と戦いたいです」
「いいのかい?」
「はい。お願いします」
「…分かった。ハレルヤさんもいい?」
「もちろん。同期対決、頑張ってね!」
「はい! 絶対勝ちます!」
飛行船がマップ上空を通過していく。たしかH4Y4T0さんとこのランドマークはウズメ淵だっけ。
「行くぞぉ!」
「「はい!」」
3人の後ろにぴったりと張り付く。どこに降りても逃がさない。そんな泥Cさんの強い意志を感じる。
前の3人は軌道を一切ずらすことなく一直線に降下していく。まるで被せられることが分かっていたかのように。
やがて、3人はバラバラに隣接する3件の建物に飛び込んでいく。楠は…一番右か!
楠は降下と同時に建物の中に飛び込んでいく。家の中を漁るつもりか。うちは建物の脇に置かれたボックスを開いた。中に入っていたのは…。
「やった、烈火!」
今一番使い勝手のいいショットガンが手に入った。バリアはないけどこれならいける!
一気に建物に踏み込んだ。ちょうど2階に上がろうとこっちに引き返してきたところに鉢合わせる。武器は…持ってない!
「楠、悪く思わないでね。うち、絶対優勝したいから」
インファイトで今の環境ショットガン。素手の相手に負けるわけがない。早く倒して他の2人の加勢にいかないと。
逸る気持ちを抑えて、楠の胴体目掛けて引き金を引いた。
「えっ…どこに」
楠の姿が視界から消える。嘘、なんで!? 訳が分からないうちの脇腹になにかが張り付いた。視界には爆弾の警戒エフェクトが表示される。
「スティッキー…」
横からの投擲でようやく理解した。
タップストレイフ。空中でジャンプ軌道を捻じ曲げて一瞬であたしの視界から消えて、横からくっつけたってわけ…。あぁそう。なら、
「楠も道連れに…」
近づいて爆風に巻き込むために振り向こうとした瞬間、逆にうちと楠の距離が開く。銃を持ってないはずなのにあたしが吹っ飛ばされて30ダメージ。
「格闘キー…」
ようやく振り向いて楠を視界に収めると、もううちに背を向けて家を飛び出していくところだった。何の躊躇もない。楠のなかであたしとのファイトはもう終わってるんだ。
1年前、楠を誘って初めてTBをやった時、あの子、碌に銃を構えることも出来なかったのに。
ただ走ってうちらについてきて、ぼっ立ちで敵に撃ち抜かれて、起こしてもまたすぐ抜かれてさ。
そんな子が1年でダイヤまで駆け上がった。すごいなぁと思ったけど、1ヶ月前まではうちの方が強かった。
なのに、なのに今はうちが視界に入れることすら出来ない。
うちが覚えたのは感嘆でも賞賛でもない。恐怖だ。
何をどうしたらここまで変わるの? うちだって頑張ったよ? なのにどうしてこんなに違うの? あんなの、あんなの…。
「化け物じゃん」
スティッキーが爆発してうちの体力が弾け飛ぶ。ちょうどハレルヤさんもダウンした。あとは泥Cさんだけ。さすがにもう無理…。
あぁ、そっかぁ。こうして無理ってすぐに思っちゃうからだね。泥Cさんから気合入れられる前もそう。
うちには執念が足りなかったんだ。楠、一度決めたら頑固だもんねぇ。でもその分努力家だから。
H4Y4T0さんに偉そうに言ってたけど、うちも楠のこと舐めてたってことだね。
そう思うとさっきまでの恐怖が霧散し、清々しい気分になった。
うちも本気で努力した。それは間違いないけど、楠の方がもっと本気だっただけ。
あんたすごいよ。よくここまで頑張ったね。あと少しだよ、気合入れな。
「頑張れ、
泥Cさんの体力も尽き、うちらの体はボックスに変わる。
こうして、うちらのRagnarok Cupは終わった。
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