第1章47 当日

楠 日和視点


 ついに本番。

 

 ここまで長かったようであっという間だった。


 H4Y4T0とSetoからのコーチングも明日で終わり。


 これまでの1か月は、間違いなくあたしの人生で一番濃かった。こんなに1つのことに真剣に打ち込んだことはなかったし、2人のお陰で質も段違いに高いものだった。


 大会が終わればその日々も終わり。そう思うと悲しい。もっと色んなことを教わりたい。もっと3人で配信したい。


 もし、もしあたしが…ううん、考えちゃだめだ。


 この1か月、2人には本当にお世話になった。ほぼ毎日、あたしがどうしても都合が合わない日以外は配信を一緒にしてくれて、配信してないときでもあたしが質問すればすぐに答えてくれた。


 技術面だけじゃない。メンタル面でも支えてもらって、助けてもらって…。お陰で大切なことを思い出して、トラウマを断ち切ることもできた。


 あたしは貰ってばっかりだ。与えられて、支えられて、引っ張られて。


 2人に貰った返しきれないくらいの恩を、少しでも多く返したい。あたしにできることは何?


 決まってる。この大会で、勝つんだ! 強くなったあたしを見せるんだ!


 ほら、あたしはこんなに強くなった。どうだ! あたしをここまで育てた師匠はすごいだろうって。


 1人でも多く倒す。

 1つでも上の順位を取れるように動く。

 出来ることは全部やる。

 それが2人のためにあたしができるせめてもの恩返し。


 もし不甲斐ない姿しか見せられなかったら、期待に応えられなかったら、今までのあたしならこんな不安に苛まれて圧し潰されそうになってたんだろうな。実際考えると体が強張りそうになるし。


 でも、もう下は向かないと決めた。2人に、あたしを応援してくれる人達に誓った。


 だから弱気にはならない。なるもんか。ダメだった時は謝ろう。それで別のやり方で2人に恩を返すだけだ。


 今は15時を過ぎたところ。あと3時間もしないうちに本番が始まる。


 エイムの調整は済ませた。これからH4Y4T0達と最後の調整をして、配信をつけたらいよいよだ。


 2人もそろそろ準備できてるかな? と思った頃に、H4Y4T0からメッセージが届いた。


「ネガティブ発動しそうになってる弟子へ。師匠より」


 なってないし…なってないし!


 見透かされているようで悔しいから2回否定しといた。

そりゃ少しは考えちゃったけど、ちゃんと振り払ったからセーフだよね?


 まぁでも、ほんとにH4Y4T0はよく分かってるなぁ。こういうところもずっと支えられてきた。改めてそう感じる。


 メッセージには添付ファイルが張り付けられていて、


「見たら集合」


 とだけ追記があった。


 なんだろ、見たらって書いてあるってことは動画かな?


 ファイル開くと予想通り動画ファイルっぽい。とりあえず見てみよう。


「これって…」


 始まったのはあたしのキルクリップだった。


「やった! やったあぁあぁぁぁぁ!」


 初めてSetoに勝ったときの。


「ナイス!」

「神グレ出たなおい」


 あたしがグレを投げて相手のバリアを3人纏めて剥がした時の。


「え、つっよ」

「3タテしやがった」


 2人と画面共有しながらノンレートに潜って3タテした時の。


 他にもあたしのエイムが冴えてたシーンがどんどん映し出されていく。自分で見ても強いと思えるシーンばかり。


 もちろん、エイムが上振れたり調子が良かったときを纏めたものだけど、これがあたしなのも間違いない。


 そう思った瞬間、H4Y4T0がこのクリップをくれた意図を理解した。同時に胸が熱くなる。また支えられちゃったね。


 でも、お陰でさっきまでちらついてたネガティブな考えはどこかに消し飛んだ。俄然無敵な気分。


 2人も待ってるし、早く合流しなきゃ。



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