第1章24 本気
「いやごめんね? つい嬉しくて…。今までもすごい一杯教えてくれてるのに、コーチング終わった後のことまで考えてくれてるって思うとさ…。あはは、ダメだ、我慢しようとしたのに声でバレちゃったよね」
「いや、こっちこそごめん。さすがに課題与えすぎだったかも。今でもものすごい練習してるのは分かってるから、キャパオーバーなら無理はしないでいいよ。もう少し余裕が出てきてからでも」
「ううん、いいの。だってH4Y4T0が提案してくれたのはあたしの練習を評価してくれたからでしょ?」
「そうだね」
「それだけでも練習頑張った甲斐があったってすごく嬉しい。それに、H4Y4T0が出来ると思って言ってくれたんなら、あたしは頑張りたい。何があたしの強みになるかは正直今はさっぱり分かんないけど、今すっごいやる気が湧いてる。だから、謝らないで」
…すげぇなぁ。浮かんできたのはそんな月並みな感想だった。ここまでモチベーションを高く持っているプレイヤーってどれだけいるんだろう。なんならプロ以上かもしれない。
俺は裏でひよりの過去の配信のアーカイブを漁って初めてTBをプレイしたときの動画を覗いたけど、その時の動きはまぁひどかった。
視点は安定せず、一つ一つの動作をするごとに止まってぼっ立ち。敵に撃たれてもどこから撃たれているかすら分からずにキルされていた。
正直、見ている側からはただ一方的に倒されてばかりで、爽快感なんて一切伝わってこない。でも、ひよりは楽しそうに大笑いしていた。
一緒にやっていったのは多分同じ箱のVtuberさんだと思うけど、手取り足取りまるで介護のように教わりながら倒されてはノンレートに挑む配信。
FPS経験者が見たらイライラしてしょうがないような内容、だけど、初めてFPSをやったときの自分を思い出して笑っちゃったんだよなぁ。
実際俺もおんなじだ。銃を撃って戦うゲームがかっこよく見えて、やってみたはいいものの思ったように全く操作できなくて。
ひたすらキルされてばかりで時間が過ぎていく。でも無性に楽しかったんだよなぁ。負けたら悔しくて次こそは、次こそはと対戦を繰り返した。
初めてのキル、初めての勝ち。努力が報われるのが嬉しくて、楽しくて、気づけばゲーム中毒になって今に至る。そんな俺のゲーマーとしての始まりを思い出させてくれるような配信だった。
もともとFPSに一切触れたことがないど素人が、ダイヤまで来れただけでもすごいことだ。
プレイ人口から見れば上位10%。つまりは10人に1人の強さをすでに持ってるんだ。
ここまで来るだけでも血の滲むような努力をしたってのが分かる。なのに、そんなひよりに心無いコメントをするどころか、コラボ相手にまで迷惑をかけるような奴がいることが無性に腹立たしいし、ひよりがTBの配信に後ろ向きな感情を抱いてしまっていることが許せなくなっている自分がいた。
コーチングなんて初めての同年代からの指導に、ここまで真剣に取り組んでくれている。意欲も努力も十分以上。なら俺もそれに応えないとプロじゃねぇだろ。
「Seto、聞いてたよな?」
「おう」
「弥勒さんに感謝しないといけないな」
「だなぁ。借りを返すつもりがまた借りが増えてんじゃん」
そうだよな。燃えないわけがないよなぁ。
最初は弥勒さんへの義理とちょっとした同情から始まった。大手のストリーマーとのコラボだから登録者が増えるだろうっていう打算もある。
多少のキャラコンや立ち回りを教えて、大会をそれなりに楽しむ程度の気持ちだった。
意識が低いのはむしろ俺とSetoの方だったってわけだ。
人の感情を揺さぶるのはどれだけ本気かだと思う。上手いか下手かは重要じゃない。妥協せず、全身全霊で取り組む姿に人は感動するし、仮に望んだ結果を得られなかったしても、その過程には価値が生まれる。
ひよりの本気は少なくとも俺とSetoの感情を揺らした。本気には本気で返すのが礼儀だ。
「ひより」
「ん?」
「悪い。俺もSetoも正直舐めてた。まさかここまでひよりが全力で取り組んでくれるなんて」
「さっきはまだ甘ぇって言ったけど、強くなる速さには俺も驚いてる。負けてられねぇって思うよマジで」
「……うん」
「最初からそう言えよほんっとにさぁ」
「あははは、ホントだよ。燃えればいいのに」
「縁起でもねぇこと言うなよお前」
ひよりがまた涙声になってたけど、俺たちは気づかないふりをする。この涙が決してネガティブなものじゃないと思うから。
「こっからは俺たちも本気出す。多分今までより厳しくなるからそのつもりで」
「えぇ~、今でもいっぱいいっぱいだって」
「あれ、ビビってんすか?」
「ビビるわ! 煽ればホイホイ釣れるあんたと一緒にすんな!」
「あ~、ライン超えましたこれ。また訓練場でめった刺しにしてやるよ」
今日この時が、俺たちにとって大きな転機になる。俺にはそんな予感がした。1人の本気が2人の心を揺らし、全員が本気になった。
終着点はRagnarok Cupだ。やってやろうじゃねぇか。
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