二人

増田朋美

二人

やっと冬になって、寒いなあという言葉が飛び交う季節になってきた。そうなると、寒いので、自動的に暖房器具が必要になってくるが、今年もまた節電の事で、素直に楽しめないなと思うのであった。その中で、どんなときでも、必ずしなければならないことがある。それは食べるということである。どんなときでも、人間それを外しては、いけないことなのである。

だから、いつの時代にも、食べ物を提供して、お金をもらうという商売は、その時代の中で定着しているのであるが、今の時代にも、飲食店は、大事な商売として、しっかり頭に残って居るのだった。杉ちゃんとジョチさんは、いつもどおりショッピングモールで買い物をして、タクシーに乗って製鉄所に戻ってきた。

「じゃあこれから、水穂さんのご飯を作るか。毎日ご飯を食べさせるのは、仕事だからな。」

と言って、杉ちゃんは製鉄所の台所に行き、冷蔵庫の中から、保存していたご飯を取り出して、それを、鍋の中に入れて、水を入れて火にかけた。おかゆが沸騰するのは少々時間もかかったが、杉ちゃんは、鼻歌を歌いながら、ご飯をかき回した。ちょうど、その時。

「失礼します。ちょっと相談がありまして、こさせていただきました。」

と、一人の男性が、ジョチさんのところにやってきた。まだ若い男性で、普通であれば、現役で働いている時間帯なのだが、何故か、この時間に、相談に来たのである。

「一体どうなさったんです?なにか、困ったことでもお有りですか?」

ジョチさんは、とりあえず、彼を座らせた。

「えーと、うなぎの政村を開店させた、都竹政村さんですね。なにか、店の経営などで、問題があったのでしょうか?」

確かにそこに居るのは、うなぎの政村という店を開店させたばかりの、うなぎ職人、都竹政村という男性だった。政村なんて、どこかの武将みたいな名前だけど、そこに居るのは、ちょっと、繊細そうな感じの人で、職人というのはちょっと、当てはまらない顔をしていた。

「いえ、店の経営とか、そういうものではありません。そういうことより、店に幽霊が出るんです。店の、閉店時刻をだいぶ過ぎて、たまたま店にいってきたところ、たしかに、幽霊が椅子に座っていました。」

と、政村さんは言った。

「幽霊?それはなんですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「いや、幽霊で間違いありません。だって、店はとっくに閉めて、鍵もかけているのに、店のから話をしている声が聞こえてきたから、びっくりて、店に行ってみたところ、店の中に居るんですから。間違いありませんよ。翌日の朝、店に行ってみたら、幽霊は消えていて、椅子が濡れているだけだったんです。」

政村さんは、ちょっと震えて言った。

「しかし、あまりにも非現実的な、、、。」

ジョチさんがそう言うが、その話を盗み聞きした杉ちゃんが、いきなり縁側にやってきて、こんな事を言った。

「まあ、こういうものは、信憑性が薄い話だが、でも、人間、完璧な態度で亡くなるやつは誰もいないし、ある意味、しょうがないことだと思うよ。そういうふうに、死んでから出てくるってことだってあるんじゃないのかな。それは、ありえない話では無いぜ。」

「そうですけどね。現実に、そういう事はあるのでしょうか。人間は、誰でも、死ぬということは、現実から消えるということですからね。そして、一度消えたものは、帰ってこないこともまた確かですよね。」

と、ジョチさんは現実的なことを言ったが、

「でも、完璧に何の轍も残さないで逝ける人間もいないよ。必ずなにか問題ってもんを残してさ、子孫だったり、親戚だったり、友達だったり、そういう奴らに迷惑をかけて逝くのが人間ってもんだろう。だったら、そういうやつが、なにか現世のやつに言いたいことがあって出てくるってのはありえないことでは無いよ。」

杉ちゃんは、それを否定した。

「具体的には、どういう奴らが、店の中に座ってたの?」

杉ちゃんに聞かれて、政村さんは、

「はい。二人の男女なんです。もう怖くてたまげてしまって、顔は見ないで、店から、逃げてしまいましたけどね。」

と言う。そうなると、現代人らしく、怖がりなところもあるらしい。

「そうか。じゃあ、今夜僕がその店に行ってみる。幽霊と話をすることはできないのかもしれないが、どんなやつなのかを見ることはできるから。」

杉ちゃんがでかい声でいった。

「杉ちゃんも怖いもの知らずですね。まあ、本当に現実世界でそういうことがあるのかどうか不詳ですが、それに恐怖を感じるという事はありませんので、僕も行って見ます。」

ジョチさんもちょっとため息をついて、そういった。本当にすみませんと言って、政村さんは、今夜店に来てくださいと、申し訳無さそうに言うのだった。杉ちゃんが、

「何を言っているんだ。せっかく鰻屋さんをオープンさせたのに、幽霊ごときで店を閉めるのは、まずいんじゃないの?それに負けないのも商売人だぞ。」

と言って政村さんを励ますと、政村さんは小さい声ではいというのだった。

そこで、その夜、杉ちゃんとジョチさんは、政村さんの用意してくれた車で、彼の自宅兼店舗になっている、うなぎの政村と書かれている看板のある建物に行った。うなぎの政村の店舗部分は、完全に、自宅と切り離されているわけではないので、杉ちゃんたちは、居住部分の居間の中から、店の中を覗くことに成功した。

杉ちゃんとジョチさんはしばらく店の中を覗いていたが、何も変化は起こらなかった。それよりも、今日はほんとうに寒いねえなんて杉ちゃんはいっていたけれど、何も変化はなかった。やがて、12時を過ぎて、みんな寝ている時刻になった。ああ、寒いなと杉ちゃんがつぶやくと、ボソボソと誰かが喋っている声が聞こえてきた。杉ちゃんが、急いで、

「おい!声がするぜ!」

とジョチさんに小さな声で言うと、ジョチさんは、居住部分のふすまを開けて、そっと、店の部分を見た。店は灯りもなにもついていなかったけれど、確かに、二人の人間が喋っている声が聞こえてくるのである。一人は男性で、もうひとりは女性のようだ。具体的に何を言っているのかは、発音が悪くて聞き取れなかったけど、なんだか、久々にこっちに来れて嬉しいなという感じの会話であることはわかる。それに、声から判断すると、男性は、30歳前後の若い男であるが、女性のほうは、80歳を越えていると思われるおばあさんだった。でも、二人の話を聞いていると、夫婦のようである。

「おかしいですね。」

と、ジョチさんが言った。

「なぜ、30歳を過ぎている男性が、80歳を越えているおばあさんと、あんなに楽しそうに話して居るんですかね?まさか年の差恋愛とも思えないし。親子という感じでもなさそうですね。正しく夫婦としか言いようがありませんね。」

「そうだねえ。なんかむずまじく、楽しそうに喋ってるよ。」

杉ちゃんもそれに同意した。

「しかし、なんでうなぎの政村に来て、こんなふうに喋っているんだろうか?聞いてみたいなあ。」

杉ちゃんがそう言うと、ジョチさんも頷いた。そして、もう一度店舗部分を見てみたが、もう二人の男女の姿はなかったようで、声は何も聞こえてこなかった。もしかして、杉ちゃんとジョチさんが覗いているのを感づいて、消えてしまったのかもしれない。

「そう考えてみると、確かに幽霊というべきなのかもしれません。夫婦ということはたしかだと思います。多分年の差恋愛でも無いでしょうし、親子ということも無いでしょう。彼らは、どこの誰で、ここで何をするつもりなんでしょうか?」

ジョチさんは腕組みをした。

「しかし、誰かがこの店に幽霊が出ると言ったら、本当にそうなら店が繁盛しなくなりますね。誰でも、そういうものが出てくる場所には近づきたくないでしょうしね。」

「そうだな。早く彼らの名前とか、調べて成仏してもらわなきゃ。声だけを頼りに判断すると、男性のほうが、30歳前後、女性は、80を越えたおばあさんだな。そこを頼りに、最近なくなったやつとか、聞いてみようか。」

杉ちゃんもすぐに言った。二人は、店の中をもう一度見てみたが、もう二人の声は聞こえてこなかった。多分、姿を消してしまったんだろう。存在がバレるのが嫌だったのかもしれない。

その次の日。杉ちゃんとジョチさんは、寝ていない目をこすりながら、とりあえず、近隣の納骨堂を当たってみることにした。納骨堂に、もしかしたら、若い男性と、80以上のおばあさんという夫婦の骨が納められているかもしれない。二人は、とりあえず店の近くにあるお寺へ行って、最近その様な男女の納骨を引き受けなかったか、聞いてみたのであるが、一軒目のお寺ではその様な夫婦はいないと言われた。そこで、また別の宗派のお寺に行って、同じことを聞いてみたが、その様な夫婦はいないとまた言われた。確かにプライバシーに関係することなので、なかなかお寺側も警戒してしまうと思うのであるが、でも、幽霊が出るということであれば、解決しなければならないと思った。そして三軒目のお寺に到着したときに、そこのお寺のご住職から、うなぎが大好物だった男性の話を聞くことができた。

「そうなんですか。じゃあ、その人は、無くなる前にうなぎが食べたいと言ったんですか?」

と、杉ちゃんがご住職にいうと、

「ええ、40年前ですので、もうあまり覚えていないはずなんですがね。でも、なくなり方が異常だと思っていましたんで、よく覚えております。」

と、お年を召したご住職は、そういうのだった。

「異常だった?それはどういうことですか?なにか、特殊なことだったんでしょうか?」

ジョチさんがそうきくと、

「はい。枕経をさせてもらったんですがね。それが、精神科の中でした。自宅でも他のところでもなかったんです。」

と、ご住職が言った。

「つまり、入院していたということですね。精神を病んで入院し、それで、なにかあったんですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「ええ。それがですね。病院が患者をちゃんとしていなかったようなんですよ。不適当に、体を縛り付けて、何日も放置されたままだったそうで。」

ご住職は、意味深に言った。

「そうですか。不当な身体拘束があったと言うんですね。今の時代なら、そういう事はいけないことだと言うことになってますが、40年前では、そうなっても仕方ありません。それで、30代で亡くなった男性の名前とか住所とか、そういう事を覚えていらっしゃいませんか?」

ジョチさんがそうきくと、

「はい。40年前ですからな。記憶が正確なのかわかりませんが、高田とか言いましたね。名前の方はちょっと忘れちゃいましたけどね。しかし、お二人も、刑事さんでは無いのに、なぜ、高田さんの事を、今になって聞いてくるんです?」

ご住職がそうジョチさんに聞いた。こういう事を話して良いものかどうか、ジョチさんも杉ちゃんも迷った顔をしたが、でも、こういう事は、こういう聖職者の方でないとわからないぜ、と杉ちゃんが言ったので、覚悟を決めて、言ってみることにした。

「実は、僕の知り合いで、鰻屋をやっているものが居るのですが、彼の店に幽霊が出ることがわかりました。僕達は、彼らの顔を見たわけではありませんが、二人の声は聞きました。男性の方が、30代くらい、女性のほうが、80すぎのおばあさんでした。二人の話を聞いておりますと、おそらく夫婦のようです。多分、あの世へ逝くことができなくて、ああして鰻屋に来て喋っているのではないかと思われます。二人になんとかして成仏してもらわないと、店をやっているものも、大変なのではないかと思いましてね。それで、僕達は、調査しているのですが。」

ジョチさんは、一生懸命文脈を考えながらご住職に言った。

「申し訳ありません。こういう話は、あまりにも非現実的なことであることは確かなのですが、店の方や、僕達も、毎日の様に彼らが店にやってくるのは、困ると言いますか、なんと言いますか。」

「ああ、そうですか。」

と、ご住職が言った。

「それは、もしかしたら、あのときの女性だったのかもしれません。」

「それはどういうことだ?」

と、杉ちゃんが聞いた。

「もう40年も昔ですのでね。真偽は疑わしいのですが、確か、高田さんの葬儀をやったとき、珍しく家族葬でやったんですよ。もっともその時は、家族葬なんてやっている家庭は、少なかったですからね。その時に一人だけ、葬儀にやってきた女性がいました。名前は、忘れてしまいましたが。同じ歳くらいの若い女性で、高田さんの事を本気で心配しているみたいでした。」

「その女性の名を本当に覚えていないのか?」

と、杉ちゃんが言うと、

「申し訳ないですが、40年も前の事ですからね、、、。」

ご住職は申し訳無さそうに言った。

「で、その高田さんはどこに住んでいるのかも忘れちゃった?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「はい。今泉に住んでいらっしゃいましたよ。高田さんの家は、大規模な農家でしたので、大きなお宅に住んでいる事を記憶しています。確か、今泉高校の近くでした。」

ご住職は答えた。

「わかりました。じゃあ、今泉の高田という家を探してみます。ご住職、ご協力ありがとうございました。」

ジョチさんは、杉ちゃんと一緒に頭を下げて、そのお寺をあとにした。そして、小薗さんの運転で、今泉地区に行ってみる。今泉高校の近くに行ってみたが、もう高校の周りは、農地など全く無く、タワーマンションばかりできていた。マンションの住人がまさか知っているわけがないと思った杉ちゃんたちは、今泉高校の周りに住んでいるお年寄りに聞いてみることにした。すると、タワーマンションの大家をしていたお年寄りが、自分が子供の時に、確かに高田という家があったと教えてくれた。その家は、たしかに農家であるが、後継者である、青年が自殺を図る事を皮切りに、精神を病んでしまい、その後は、後継者もなく廃業し、家と土地を売ってどこかに行ってしまったと話してくれた。

「その時にさ、きれいなお姉さんが、その青年を訪ねて来なかったか?それを覚えてないか?」

と、杉ちゃんがそうきくと、

「いやあ、その頃はまだ学校に行っていて、学校に行っている間に葬儀とか、全て終わってしまっていたので、全く覚えてないんだよ。」

と、お年寄りがそういうので、杉ちゃんたちは、また困ってしまった。

「そうですか。それももしかしたら、演出だったのかもしれませんね。彼の死を、周りの人達に知らせないために、わざとそういう時間帯に葬儀を行ったのでしょう。」

「そんなに障害者をお弔いするのは、恥ずかしいことかな?全く、変なところで恥ずかしがるんだよな。」

杉ちゃんとジョチさんは互いに顔を見合わせた。

「でも、辻褄は合いますよ。高田という青年が、精神病院のミスで死亡した。そういう事情ですから、当時としては珍しく、家族だけで葬儀を行う予定だったが、その時に、ある女性が乱入した。葬儀のあとで、家族は、どこかに逃亡したが、女性だけは、それ以上誰とも結婚することなく、一人で80代で死ぬまで生き抜いたのでしょう。そして、最近になって、80を越えて死亡した。やっと再開できた二人は、大好物のうなぎを食べるために、うなぎの政村にやってきた。もしかしたら、青年の最期の言葉は、うなぎが食べたいだったのかもしれません。」

「そうだねえ、そう考えるのと確かに、筋書きは合うな。せめて、その男性と女性の名前を、わかってあげられたら良いんだけどな。もう一回お経をあげて、供養してあげたいんだけどねえ。それは、無理かなあ。」

と、杉ちゃんは、腕組みをした。

「でも、答えは、もう人の記憶から、消されているということだと思います。」

ジョチさんは、そういった。

「それもまた重いなあ。それじゃあ、あの二人、永遠に成仏することも無いんじゃないか?だってお参りに来てくれる人だっていないのではないかな。だから、きっと寂しいんだよ。それで、互いに、相手のことしか、考えられないんじゃないのかな。」

「そうですね。それではその女性を、探してみましょうか。」

と、ジョチさんはそういった。

「まずはじめに、こちらで40年前に開業している精神病院といえば、北富士病院です。あそこは僕が子供の頃、おかしくなったらあそこへ行けと言われていた病院です。多分もうカルテは捨てられていると思うけど、全国に展開している医療法人ではありませんので、看護師の移動などはまず無いはずです。」

そういうわけで、二人は、また小薗さんの運転で北富士病院に行った。病院に行ってみると、40年前のことなんて、覚えているわけがないと受付に怒鳴られてしまったが、受付近くを掃除していた、腰が曲がったおばあさんが、

「あなた達、高田さんの事を調べているの?」

と杉ちゃんに聞いた。

「そうですが、なにか知っていらっしゃるんですか?」

ジョチさんがそう言うと、おばあさんは、箒を持ち替えて、

「そうですね。身内は誰も見舞いに来なかったけど、一人だけ女の人が見舞いに来ましたよ。何回も、明さんに会いたい、会いたいって言って、お医者さんたちに叱られていましたから。彼女はどうしているのかな。もうきっと、明さんの事は忘れて、新しい家庭を作って、幸せに暮らしているのでは無いでしょうか?」

と言った。

「そうですか。その明さんは、うなぎが食べたいと仰っていたのではありませんか?」

とジョチさんが聞くと、

「ええ、よく口にしてました。重度の方は、よく食べたいものを口にしますが、それは病院から出たいということだったと思います。」

と、おばあさんはいった。

「で、その女性の名前は、何ていうのか、おばあちゃん知ってる?」

杉ちゃんがそう言うと、

「名字は忘れてしまいましたが確か、マミさんとか仰っていたような。」

おばあさんはそういった。

「そうですか。マミさんはきっと、明さんと再開できて良かったんだと思うよ。二人で、念願だったうなぎを食べることも叶えてやらないとな。」

杉ちゃんがでかい声で言った。

「わかりました。じゃあ、明さんとマミさんにお経をあげてもらって、供養してもらいましょう。そうすれば、うなぎの政村に現れることもなくなるでしょう。」

ジョチさんはそう言って、尼寺の庵主様に電話をかけ始めた。

「死んでからも仲良くするなんて羨ましいな。」

杉ちゃんは思わず呟いた。



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二人 増田朋美 @masubuchi4996

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