第7話 天狗根性なる上に慢心強く
竜帝との謁見を無事に終えた私は、とてもリュックに入りきらない褒賞の数々に頭を悩ませた。
城の者に頼み込み、大きな荷物袋を手に入れる。
宝物達を詰め込むと、袋は太りに太った。
「兎でも救おうか、プレゼントでも配ろうかといった有様だな、こりゃ」
そんな独り言が零れた。
重たい袋を何とか背負うと、腰が悲鳴を上げるのだった。
しばらくの間、私は至れり尽くせりの生活を送った。
紹介された高級宿の泊まり心地はそこそこといったところで、毎日誰かしら客人が私の元へ訪ねてくるので忙しい。
目的は、パーティーへの招待だったり、金品の献上だったりと様々だ。
このところは、接待を受ける側である私の対応も、なかなかどうして堂に入っている。
王侯貴族にでもなったかのような気分だった。
なんせ名前を出すだけで、皆平身低頭。
江戸の村々で、三つ葉葵の
だが、見くびってもらっては困る。
私とて、ただ流れに身を任せて喜んでいるだけの男ではない。
貰える物は塵でも貰うし、無賃で宿に泊まれると言うなら喜んで厄介になる私だが、異様な――私の名を絶叫しながら万歳三唱を行う――連中からのおもてなしは何か裏があるのではないかと勘繰りたくなるというものだ。
私は誇り高き商人であるが「磐司屋」を盛り立てて来た先祖達に比べると、まだまだ経験が足りぬ未熟者だ。
未だ、異常ともいえる歓待を見せる彼らの裏に、一体何があるのか計りかねている。
これが「磐司屋」中興の祖と称えられる第十一代社主
今頃は如何にして銭稼ぎを行うかの算段を講じている頃だろう。
非才の身ながら、接待中での会話などから考えをまとめてみる。
連中の言うバンジ・バンザブロウは、どうもこの辺り一帯で信仰される英雄の名であるらしい。
かつて彼は、この地を犯す化け物たちを
しかし、これは大昔の話である。
当然ながら、その英雄はとっくに死んでいるのだが、何故か同姓同名の私はその英雄だと思われている。
英雄の復活というわけだ。
英雄や教祖といった宗教上の重要人物の復活というのは、特段珍しくもないことではある。
ただ、同じ名前というだけで、英雄本人と果たして信じれるものなのだろうか。
人間、何事も信じたいように信じると言う話だが、素朴な市井人というならまだしも、国の重鎮連中が狂喜乱舞するのは尋常な事ではあるまい。
高度な科学技術――私ですら驚くほどの大金を積めさえすれば、いかなる生物をも蘇らせかねない程に発達したようなもの――を知る私と異なり、死んだ者には、せいぜい祈りを捧げるくらいしか出来る事がなさそうな竜帝国の政治屋が、復活を心の底から信じているような振る舞いを見せているのが腑に落ちぬ。
まあ、見た事もない怪物が闊歩する世だ。
私の常識では考えつかぬ何かがあるのかもしれないし、現状では判断材料が足りない。
「うーん……怪物の脅威に、藁にも縋る思いで私に
多くの疑問は残るが、一つの結論を出す。
ここはハワイでも、ましてや故郷たる日本でもあるまい。
そもそも元いた世界ではないのだ。
改造された「次元転送装置」の暴走により、私は正しく次元転送を果たしたらしい。
見た事も聞いた事もない国や人の存在に、巨大な怪物達。
これは、海外事情や昨今の食糧事情解決の為の改造家畜生物について、私が不見識だったというだけではもはや説明できぬ。
逆にこの国の人間は私の知る国や地名を全く知らぬ。
言葉が分かったり、見知ったような気がする風景があるのは、ひょっとすると、ここが別世界における日本だったなんてこともあるかもしれないが、そんなことは何の慰めにもならない。
早急に「次元転送装置」を探し出さなければ。
私には「磐司屋」を継ぎ、さらに事業を拡大するという使命がある。
こんな訳の分からぬ世界で一生を終えるなど、真っ平ごめんだ。
「今思えば、危機とはいえ次元転送装置を作動させたのは軽率だったな」
これで装置が、また次元の歪みに引き込まれていたら笑い話にもならない。
とにかく、今は英雄の名声に
英雄に祭り上げられ本当に怪物と戦うことになるなど、それこそ冗談じゃない。
今後の方針を頭の中で決めていると、部屋の戸がノックされた。
「どうぞー」
どうせ、またどこぞの貴族連中の御機嫌取りだろう。
気怠い返事を返すと、扉を開けて入って来たのは城の使いだった。
何だ。
今度は舞踏会のお誘いか?
「失礼いたします。バンザブロウ様におかれましては……」
長ったるい口上を聞き流す。
城からの使者は、こういう堅苦しいところが面倒だ。
その点、貴族連中の使いは、揉み手でこちらに取り入ろうとしてくるので話が早くて助かる。
「……何かと不便でございましょうし、城から同行者を滞在させ城下の案内など……」
「え、同行?」
英雄万歳と称えられ増長していた私は、ろくに相手を見もしない――大変無礼な態度――で対応していた。
が、気になる単語に、初めて客人の方をはっきり見た。
一人は、もはや見慣れた官服姿の使者。
その少し後方に、奇妙な姿の女が立っている。
「こちらが同行者となるクレアゾットでございます」
「……よろしくお願いします」
使者によって紹介された女は、言葉少なくこちらに軽く頭を下げた。
その姿を見て、私は悲鳴のような声を上げた。
仮面を付けた奇妙としか言えぬその姿には見覚えがあった。
「……お、おまおまおまお前は、かかっ、仮面の女!」
それまで部屋のソファに寄り掛かっていた私は、思わず立ち上がった。
使者も仮面の女も不思議そうにこちらを見ている。
「お知り合いですか?」
「お、お知り合いかだと。その女はその女は……」
次元の歪みで出会った謎の怪人。
「……そいつは、そいつのせいで」
その女の登場に、私は怒りを露わにした。
内心で、自分が「次元転送装置」を違法改造したという事実に目を瞑り、異界に迷い込んだ全ての原因が彼女にあると決めつけた。
人間は、置かれた状況、周囲の環境によって大きく変わるものだ。
普段の私であればもう少しばかり冷静であっただろう。
しかし、英雄扱いで天狗も天狗となった磐司磐三郎様である。
いくらご機嫌取りがあって不自由しないと言っても、やはり見慣れぬ土地の生活は知らぬうちにストレスとなっていたようだ。
装置を失ったことへの焦りもあって、私の虫の居所は大いに悪い。
彼女と出会ったタイミングとして、全く最悪な状態だったと言えるだろう。
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