第4話 竜帝国の英雄
ハワイ旅行を目的に「次元転送装置」を改造し、その結果として、私は次元の狭間へと引き込まれた。
そこで、不気味な仮面の女と出会ったかと思えば、お次は、怪物と武装集団の揉め事に巻き込まれ、殺されかける。
まさに、踏んだり蹴ったりという奴だ。
果たして、私は武装した人間達に半ば無理やり連行された。
道中では、武装集団の長である男から――彼らの身の上話など――色々な事を聞かされたが、大したことは覚えていない。
正直に言うと、彼の名さえ覚えていなかった。
確か、だらだらと長ったらしい横文字だったには違いない。
「……はあ、りゅーてーこく?」
「
「りゅうてい、ドラゴンロード? りゅう、竜……ああ、それで
――なんじゃそりゃ。
話の腰を折らないように、言葉には出さなかった。
何やら、幻想的に過ぎるというか、ファンタジーらしいというか、首を捻りたくなる単語が満載だ。
いつの間にか、場末の遊園地の冒険アトラクションにでも紛れ込んでしまったのだろうか。
では、ここは日本なのか?
装置で転移した先は、見知らぬテーマパークだったのか。
今時は、娯楽方面も金の掛け方が尋常ではないと聞くし、テーマパーク、怪物、仮装とくれば、大いにあり得そうで困る。
「……我々竜帝騎士団は、邪神の眷属に襲われる辺境部の村を守るために派遣されたのだが……」
竜帝騎士団とやらの隊長は、こちらをしみじみといった様子で眺めた。
「まさか、あのバンジ・バンザブロウと出会うことになるとは」
「はあ?」
彼とはもちろん初対面である。
あのってなんだ。
まさかとは思うが、「磐司屋」の社報に載る私の名前を見たかして、記憶していたとでもいうのだろうか。
薄気味悪い奴だなとは思ったが、とにかく、彼らは私を害そうとしている訳では無いらしかった。
§
そうして私達は、数日をかけて、辺境の村から竜帝のお膝元である城下町に着いたのだった。
流石にこの頃になると、これがテーマパークのアトラクションなどとは思っていなかった。
竜帝国の都市部の建物はこざっぱりとしていて、見ている分には気持ちが良い。
幕末明治期の
無秩序に高層ビル群がひしめき合い、灰色の空が広がる都市を見慣れている私には、非常に新鮮な風景だった。
そんな
しかし、残念な事に、私には観光する暇も与えられなかった。
城まで連れてこられると、とんとん拍子に、竜帝へと謁見することが決まったからだ。
何故だか、竜帝国の者達は私の名前を聞くと、驚いて自身の上司へと話を持っていくのだ。
騎士団の隊長から城下の小役人、小役人から城内の官吏や貴族連中。
そして、ついには竜帝本人の耳に届いたらしい。
一体全体何が何やら。
訳も分からぬまま、風呂にぶち込まれたり、やたらと
「バンザブロウ殿、面を上げられよ」
氷のように冷たくありながら、こちらへの気遣いが含まれた声に、ゆっくりと頭を持ち上げる。
玉座には、妙齢の女支配者が悠然と腰掛けていた。
頭に角を生やしたり、腰辺りに羽みたいなものが付いていたりと、理解し難いファッションをしてはいるが美人ではあった。
美しければ、珍妙な格好でも随分と様になるものだと感心する。
「我が名は、ドラウクス・ヘルヤール。此度は、我が国の兵が世話になったと聞く。汝の助勢に礼を言おう」
「……はぇ、こりゃ滅相もございませんことで」
私は、へらりと愛想笑いを返す。
竜帝である彼女の言葉は、右から左へ、私の耳を素通りしていた。
その時の私は、次々と目の前に運ばれてくる宝物達の方に目を奪われていたからである。
「それは、邪神の眷属長を消し去った汝への褒賞だ」
「……うへっ、おほん。私のような者にこれほどの褒美を与えて頂けるとは。この磐司磐三郎、感激致しましてございますです。はい」
なんだかよく分からないが、貰える金品は貰っておくのが私の信条だ。
商家に生まれ鍛えられた私の鑑定眼によれば、あの宝物達は紛れもない本物だ。見てくれだけの偽物ではない事がすぐに分かる。
「喜んでもらえたようで我も嬉しく思う。ところで話は変わるが……」
「はい? 何でしょうか」
「汝は、眷属長を消し去るばかりではなく、居並ぶ邪神の眷属達をたった一人で追い返したと聞いた。これは確かな事だな?」
「え? ええ。まあそうですね」
玉座の間に持ち込みを許されたリュックから、虫除けスプレーを取り出した。
手に取って、周囲に見せびらかす。
「あれが、敵を打ち倒した神具か」
お貴族様連中の一人がそう呟くのを聞いた。
偶々買い込んでいた虫除けスプレーが役に立っただけで、私の実力でも何でもないが、そういった事については黙っていることにする。
追い返したことは事実であるし。
沈黙は金なりだ。
「汝は……本当にバンジ・バンザブロウで相違ないのだな」
「はあ、まあ生まれてこのかた、ずっと磐司磐三郎をやっておりますが」
玉座の間にどよめきが起こる。
竜帝の傍らにて侍る、官吏らしき者も狼狽えているようだった。
「本物だ」
誰からともなく、そんな声が聞こえてくる。
「英雄は本当にいたんだ。予言は本当だった!」
「英雄様万歳! バンジ・バンザブロウ様万歳!」
やがて、どよめきは万歳三唱の喝采へと変化した。
竜帝を見やれば、流石に彼女は騒ぎに加わってはいなかった。
しかしながら、この狂騒を特に咎める様子もない。
「英雄様万歳! バンジ・バンザブロウ様万歳!」
「英雄がいれば滅びの運命も変わる! これで邪神に打ち勝てるに違いないぞ!」
私の名を繰り返し叫び、熱狂する彼らに純粋に恐怖した。
「ええ……何この人ら」
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