第3話 狂人の真似とて大路を走らば、則狂人なり
要するに気狂いが恐れるほどの気狂いを演じるということだ。
殺人鬼や怪物を相手にする場合でも、自分がより厄介な輩になってしまえば恐れるに足りないのだ。
しかして、これは全くもって私の勝手な言い分という訳ではあるまい。
というのも、
要するに、狂人や悪人の真似といって頭のおかしいことをすれば、それは紛れもない狂人悪人の類いだとしか言えず、嘘でも賢いことを学ぶ者は実のところ本当に賢い者であるという話なのだ。
どうしてこんな話をしたのかと問われれば、このような心持ちで私は怪物達と対峙したと、声を大にして言いたかったのだと答える。
一見何も関係は無さそうだが、他者から見れば実態はどうであれ、全ては行動によって判断されるに過ぎない。
私の実態が、由緒正しき「磐司屋」の善良な金持ちだったとしてもだ。
私と対峙した怪物達にとっては――奇声を上げスプレー缶から仲間を殺す霧を出して暴れる――私こそが真の怪物に見えたことだろう。
こうして、私は怪物達を追っ払うことが出来た。
誠に
かくして、私はようやく、まともに人間と話をすることになったのだ。
怪物が去り、呆然と立ち尽くす彼らは、先程のローブの男――名前はアドラ
古風な武装は、私から見れば奇妙な仮装にしか思えず、馬鹿馬鹿しいと感じるが、これも文化の違いという奴だろう。
異国の地は治安がすこぶる悪いと聞く。
ただ、彼らは暴力的な野蛮人という訳ではなさそうなので一安心ではあった。
あくまでにこやかに、相手を警戒させぬように。
私は揉み手をしながら、集団の中で一番立派な甲冑を着込んだ男に話しかけた。
「ヤー! ハローハロー。コンニチワァ。ナイストゥーミーチュー!」
「……は、はろう? 何を訳の分からぬことを……」
にじり寄るこちらから、彼はやや距離を取る。
訝しげにこちらを見つめてくるが、そんなことよりも驚いたのは、彼の口から恐ろしく
そういえば、先程はそれどころではなく気にも留めなかったが、アドラ某とか名乗ったローブの男も随分スラスラと日本語を使っていたことを思い出す。
偶然に、私の言語能力が開花して、異国の言葉が即座に分かるようになったという訳ではない。
彼らは紛れもなく日本語を話しているのだ。
ハワイでは日本語が通じる場所も少なくないと聞いたことがある。
だが、ここが真に目的地のハワイであったとしても、彼らの流暢な喋りには強烈な違和感を覚える。
一言でいえば薄気味が悪い。
私は何か大きな勘違いをしているのではなかろうか。
「……あー。一つ尋ねたいのだが、ここはハワイではないのかな? どうも貴方達もハワイアンといった雰囲気ではなさそうだが」
「はわい?」
はて、と首を傾げる男を見て、ここがハワイではないと確信した。
「私は旅の途中で道に迷ってしまったのだが、ここは一体どこなんだ?」
「…………」
話しかけた男は一向に警戒を解かなかった。
それどころか周囲の人間達も、彼と同じように私を非常に警戒しているようだった。
敵対する怪物を追っ払ったことで、好意的に見てもらえるのではないかという淡い期待がないではなかったが、何事も上手く行かないものだ。
そもそもあの怪物達は何なのだろうと、少しばかり自分なりに考察してみる。
あれは着ぐるみの類いではなく、紛れもない本物の生き物だった。
そういえば、近年の食糧難を乗り切るために、それまでに注目されてこなかった生き物達を役立てようという動きがあったことを思い出す。
昆虫食などが良い例だ。
では何か。あれは、ムカデか何かを品種改良して巨大化させた家畜とでもいうのだろうか。
果たしてそんなことが可能なのだろうかと不思議に思う。
ただ、科学万能の世の中にいて、現に実物を見てしまった身としては、そういうこともあるだろうと頷くしかない。
事実は小説より奇なりとも言うのだから。
きっと、あのアドラ某はエコテロリストだったに違いないのだ。
地球を救うなどというお題目で、どこぞの研究所から改造ムカデを解き放ち、暴力活動を行っていたのだろう。
迷惑な話だ。
もしや、私を襲ったのも偶然ではないのでは?
テロリストならば、活動資金の確保が重要である。
日本でも指折りの大雑貨店「磐司屋」の次期社長である私を狙ったのも分かるし、諸国の言葉に精通していたとしても不思議ではなかろう。
対峙する武装集団へちらりと目をやる。
とするならば、怪物達と対峙していた彼らは、エコテロリストを鎮圧する部隊か何かで、私の邪魔が入ったせいで犯人を取り逃がしてしまったという訳だろうか。
何より「次元転送装置」を使ったことで、あのエコテロリストがこの場から脱出することを幇助してしまったと言えるかもしれない。
気持ちの悪いどろりとした汗が流れ出た。
「失礼だが!」
ひどく大きな声がこちらに掛けられた。
先程私が話しかけた、甲冑が一番立派な男が、彼らを代表して話しかけて来た。
この部隊の隊長は彼なのかもしれない。
私は内心で焦った。とにかく言い訳をしなくては。
「いやね。あれは違うのですよ。へっへっへ」
「は? ……いや、失礼だが貴方の名前を
「ああ、名前ね。名前ですね。ええ、ええ。もちろん名乗りますとも。私の名前は
ペコリペコリと公権力の走狗に頭を下げることを忘れない。
エコテロリストの同類に見られるなんてたまったものではない。まともな商売が二度と出来なくなってしまう。
「バンジ……バンザブロウ?」
隊長らしき男が信じられないとばかりに呟く。
周囲は少しの間があってから、どよめいた。
隊員達のどよめき声の中、彼らの小さな話し声を、持ち前の地獄耳でしっかりと聞き取った。
「……いや、ただの
「しかし、お前も見ただろう。不思議な力で邪神の眷属を追っ払ったんだぞ」
「確か、突然空から現れたよな。妙な建物がさぁ……」
「……ああ、邪神の眷属長である、あのアドラクスですら簡単に消しちまってさぁ、驚いたのなんのって」
「静まれ!」
隊長らしき、というか十中八九隊長に違いない男が怒鳴った。
彼自身も何やら興奮が抑えられていないように見える。
私は驚いて体を硬直させ、隊員達もすぐさま静まり返った。
「……バンザブロウ殿と言ったか」
「は、はい」
「すまないが、我々にご同行願いたい」
隊長にまず間違いない――お世辞にも
彼の凄んだ物言いに、私は頷くことしか出来なかった。
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