第5話 猫と海鮮丼-3

 言葉の意味が分からなかった。目眩のような感覚に目を閉じる。そんなはず、無いだろう、とじわじわと溶け広がるような意味を飲み込みながら思う。


 彼女は、死とは無縁の存在だった。いつだって明るくて、この世の全てを楽しんでいるような、そんな人、だった。


「なあ、聞いてる?」

 琢郎が肩を揺さぶるので、仕方なく頷いた。


「加代、札幌に出るのやめたろ?その頃にさ、心臓の病気見つかったんだって。心臓移植しないと助からないらしくてさ、ずっとドナーが現われるの、待ってたんだ。だけど、間に合わなかった」


 心臓の病気?だってあいつ、走るの速かったんだぜ。小学校でも、中学校でも、高校でも。短距離も、長距離も。誰にも負けたこと、なかったんだぜ。心臓なんて、悪くなるはずないだろう。


「加代、毎年、毎年、同窓会の幹事やってたさ。多分お前に会いたかったんだと思う」

「そんなはず……」


 そんなはず、無いだろ。


 突っぱねたかったけれど、出来なかった。本当は加代に会いたい気持ちがどこかにあったけど、怖くて会うのを拒否していた。


 加代は、美人で明るくて、皆から好かれていた。きっとすぐ、彼氏が出来るだろう。誰かのものになった加代なんて、見たくなかった。自分と全く関係の無いところで、加代は幸せな人生を進めて行くのだと思っていた。


 それなのに。


 死んだ?

 嘘だろ。


 頭の内側がしびれ、思考停止した脳は同じ言葉ばかりを繰り返す。


 突然、腹に衝撃が走る。自分の腹に視線を移すと、レジ袋に入った丸い物が押しつけられていた。


「家の海鮮丼。期間限定で今期は今日までの販売。珠美さんからもうすぐお前が行くからって聞いて、最後の一個確保しといた。……やる」

「あ……、ありがとう」


 黒いコートに押しつけられた白いレジ袋を抱える。多分プラスチックの丼が入っている。地元でも評判の海鮮丼は確かに極上の味で、遠くからわざわざこれを買いに来る客もいる。安いと言っても2000円ほどするから、滅多に口にすることは無かったけれど。


「お前を責めたかったんじゃないんだ」

 そう言って、琢郎は俯いた。


「ただ、何も知られないでいるのは、あんまりにも可愛そうだったから……」


「……教えてくれて、ありがとう」


 辛うじて伝えた言葉が、適切な物だったかどうかは分からない。確かに琢郎が知らせてくれなかったら、ずっと何年も知らないままだっただろう。


 知らないでいることは、とてつもない大罪な気がした。いつの間にかその大罪を積み重ねていくところだった。だから、琢郎には感謝をするべきなのだろう。

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