第4話 猫と海鮮丼-2

 琢郎とは仲が良かったが、高校卒業から5年、一度も連絡を取っていなかった。クラスの誰かが死んでしまった話なんて聞いても、もうどうしようもない。やはり帰ろうかとポケットに手を突っ込んだときだった。


 ジーンズの裾を、何か弱々しい力がひっぱった。釘か何かに引っかかったような感覚だった。反射的に右足を見ると、黒い小さな塊があった。耳をピンと立てた子猫が、緑色の瞳でこちらを見上げている。思わず一歩左に動き距離を取る。猫はニャーと弱々しい声を上げて距離を詰め、再び足を上げてジーンズの裾を引いた。


「人懐っこい奴だな」

 猫は嫌いじゃなかった。じっと見つめる顔に愛らしさを感じて口元が緩む。


 黒い猫。


 その存在を見つめていると、もぞもぞと記憶の引き出しが動いた。だが明確な形にはならず、もわりとした曖昧さがもどかしく胸をかき混ぜていく。


「どっかであったっけ?……そんなはず無いか」

 意味不明な呟きを投げると、子猫はニャーと鳴いた。


「京介」


 不意に名を呼ばれて顔を上げると、琢郎が入り口から顔を覗かせていた。こちらを見て、ほっと笑顔を見せる。


「久しぶりだな。ずっと帰ってこないから、心配してたぞ」

 そう言って懐かしそうな笑みを浮かべて近付いてくる。魚屋の男に比べて自分は何者にもなれていない気がして気後れしてしまう。足元に視線を向けると猫はいつの間にかいなくなっていた。どこへ行ってしまっただろう。ひび割れたアスファルトに視線を這わせていると、琢郎が肩を叩いた。


「同窓会、何で来なかった?」


 琢郎の言葉には非難が混じっていた。

「仕事」

 素っ気なく答える。盆も正月も実家に帰らないのに、同窓会にだけわざわざ行くはずないだろうと腹の中で悪態をつく。


加代かよが会いたがってたんだぜ」


『今年こそ絶対来てよ!』


 琢郎の言葉にオレンジ色の文字が記憶から飛び出してきた。大きな口を開けて笑う笑顔も、大きな笑い声も。


「そう」

 息苦しくなって、その言葉だけを呟いた。琢郎の手に力が入り、肩が痛む。


「加代、亡くなったんだ」


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