3
「なんだ〜、死人でも見たみてぇな顔してよ。死人を視認ってか」
実際、死人を見ているのだ。つまらない駄洒落にツッコミをする余裕も無いほどに、私は唖然としていた。
長い前髪。鋭い三白眼。口を開くと覗く八重歯。左耳のピアス。紺色の羽織。
彼は、死んだはずの彼は、私のクラスメイトとして、普通に生きていた。
あの後、放心状態で教室へと戻った。今にして思えば、いちはやく大人の誰かしらに報告するべきだったのだろうが、その時の私に、そんなことを考える余裕は無かった。
けれど、いざ教室へ這入ってみればどうだ。普通にいた。私はそれをそのまま口に出してしまったし、タマモは「幽霊じゃああああ」と取り乱していた。やはり莫迦だ。
そもそも、彼が同じクラスだったということを今知った。中々目立つ風貌だと思うのだけれど、それすら知らないなんて、私はどれだけ他人を見ていないのだ。そんなので、よく友達が欲しいだなんて言えたものだ。
そんな自省はさておいて、私はきっと、本当に間抜けな顔で彼を見ていたのだろう。私から声を掛けるまでもなく、彼から寄ってきた。
「おいお嬢! こやつ喋ったぞ! 死人が喋っておる! 祟りじゃ、これは祟りじゃお嬢」
タマモがうるさいので、相対的に私は少しばかり冷静さを取り戻した。
「あなた、死んでなかったかしら」
いや、そうでもなかったかもしれない。
単刀直入にも程がある。鋭利が過ぎるだろう。
「……意味が解らねぇんだが」
「……えぇ、私もそう思うわ」
ぽかんとする彼。私も多分、同じ顔をしている。
「転校生ちゃんって、不思議ちゃんだったのかぁ?」
「否定できないわね」
「そこは否定せぬか、お嬢」
「ははっ、おもしれぇや」と愉しげに笑う彼。いや、そろそろ「彼」というのも諄いか。
「あなた、名前は何というの?」
「憶えられてないなんて悲しいぜ〜。ぼかぁ、紙燭ちゃんのこと知ってるのによ〜」
「……私の名前、知ってたのね」
「そりゃぁ、注目の転校生ちゃんだからな〜」
おい、有名人じゃぞお嬢——とタマモが裏で騒いでいるが、わざわざ鉤括弧を付けるほどでも無い。私はこれを台詞として認めていないのだ。雑音である。
「
彼はにしっと、幼い少年のように笑った。
○
「そりゃドッペルゲンガーって奴じゃねぇか」
事の顛末を伝えると、此乃咲君は、一つの仮説を提示した。
またの名を、自己像幻視。自分にそっくりなそいつを視ると、死んでしまうというアレである。怪異とは、また別の都市伝説だ。
「けれど、私が視たのはあなたよ。私自身じゃないわ。だから厳密には違うような気もするのだけれど……」
「そうなのか? あんま難しいことはわかんねぇけど、怪奇現象に、定義もクソもねぇんじゃね~か」
彼は目線を空の方へと移す。いや、ここの場合どこも空なのだから、表現が間違っているか。上を見たのだ。いつもよりも、葉の隙間に覗くその色は濃い。
私と此乃咲君は、大きな銀杏の木に架けられた二台のブランコに、それぞれ腰を掛けている。ここは天八咫高校の敷地内にある、ちょっとした休憩スペースだ。話が長くなりそうだからと、場所を変えたのである。ハイジのブランコみたいだなと思う。
季節は秋だ。世間がそろそろ、蜜柑と炬燵を出そうかと迷い始める時期だ。癖の強い銀杏の香りが、より一層その事実を引き立てる。落葉の季節でもあるので、私たちが座るまで、このブランコにはたくさんの紅葉が積もっていた。少しばかり、ブランコから湿ったような感覚を得る。
「……あなた、そこまで取り乱さないのね。こんな突拍子もない話を聞いて」
「そうか? 結構驚いてるぜ、これでも」
「けれど、冷静にも見えるわ」
「まあそうかもな〜。黄昏町は昔から、そういう町だからなぁ。ここだって空中にあるし、列車は雲の上を走るし、訳わかんねぇのはもう慣れてる」
なるほど、そういう感覚なのか、ここに昔から住んでいる人にとっては。
「とりわけ、この高校は不思議が多い。怪奇現象は日常茶飯事だ。多すぎて、七不思議統括委員会なんて組織があるくらいだぜ」
「七不思議統括委員会? 何かしら、それ」
「そうか、知らねぇのか、転校生ちゃんは」
教えてやるよ——と言いつつ、彼はブランコを大きく漕ぎ始めた。
「元来、学校は怪奇現象の温床なんだ。七不思議とかいうくらいに。とりわけこの学校は、昔から多かったらしい。そこで設立されたのが、七不思議統括委員会――通称七会だな。あれだぜ、うさんくせぇ名前だけど、生徒会に並ぶれきっとした組織だからな」
「へぇ……。詳しいのね」
「え? あぁ、まあ、そうだな。結構常識だ」
なんだろう、今の微妙な反応は。
「だから、この件は七会の連中に委ねるべきだと思うぜ。怪奇現象に変に首を突っ込めば、痛い目を見るのは自分だからな。ほら、あれだ。好奇心はなんとか。韓国かなんかの諺」
「好奇心は猫を殺す――よ。それにそれは中国ね」
「あー、それだそれ。物知りだな、紙燭ちゃん」
「常識よ」
猫か。言い得て妙だ。気味悪いくらいに。
「だから、転校生ちゃんも変に関わらない方がいいと思うぜ」
「触らぬ神に祟りなしってことね」
「あぁ、間違いねぇぜ」
それから暫く、これとは何の関係も無い談笑をして、彼は先に教室へと戻っていった。チャイムが鳴るまで、後十分程か。
「お嬢」
彼が去った瞬間、下から声がした。
「腹立たしくないか、あやつ。上から目線というか」
「えぇ、奇遇ね、私も同じよ」
「そうじゃろそうじゃろ! 腸が煮えくり返りそうじゃ。いつ喰ってやろうかと画策していたところだったわい」
「それは止めなさい」
私は、自分で言うのもあれだけれど、かなり性格が悪い。それに加えて、天邪鬼な面もある。だから、「首を突っ込むな」と言われたら、寧ろ突っ込みたくなってしまう。
「それに、あやつ怪しいぞ。不自然じゃ。自分が死んだと聞かされて、どうしてあそこまで冷静なんじゃ。いくらそういう類いの現象に慣れているといっても、限度があるとは思わぬか、お嬢」
「確かに……。変と言えば変だったわね」
良い気はしないはずだ。「もしかしすると、本当に自分は死ぬのではないか」という憶測が、少しでも頭に過るはずだ。けれど「関わるな」の一点張り。
まるで――受け入れているようだった、自分の死を。
更に言えば、矛盾さえしている。自分から興味を持ったように、私の話に乗ってきて、いざ話せばこれである。何かを秘匿しているとしか思えない。
「のう、触らぬ神に祟りなしとは言うが、撫でればセーフだとは思わぬか」
「好奇心は猫を殺すとは言うけれど、殺される前に殺してしまえばいいのよ」
「……いや、それじゃと『関わらない』ということにならぬか?」
「……なんでもいいわよ」
そういう訳で。
私は――私とタマモは、この件に、思いっ切り首を突っ込むことにした。
゜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます