第6話 長内苺と双子の姫
翌日から蒼依と苺の物語づくりは始まった。
とはいえ、一から物語を作るというわけではない。
基盤となるのは、苺が以前に書いていたという小説。それを更にブラッシュアップして、一つの作品にするというのが、蒼依たちが立てた一つの目標だった。
「凄いね、もうそんなに書いてる」
「この辺りは前に書いたものが頭に残っているから」
過去に一度書いたことがあるだけあって、走り出しはかなり順調と言えた。スラスラと原稿を書き進めていく苺は、まるでプロの小説家のようだ。
(これじゃ僕、手伝えることないや)
あくまで執筆作業は、苺一人の手によって行われる。
力になるとは言ったが、これと言って蒼依に手伝えることは無かった。
出来ることがあるとするなら、苺が気兼ねなく執筆を進められるように、図書委員の仕事を代わりにこなすくらい。でもその仕事もあまり大変な作業ではなかった。
「差し入れとか買ってこようか?」
いてもたっても居られなくなった蒼依は、作業する苺に尋ねた。
すると彼女は走らせるペンを止めると、微笑みながら首を振る。
「いいえ、出来れば水城くんには、そのまま傍に居てほしい」
「でも、このままじゃ僕、ただ隣で本を読んでるだけの人になっちゃうよ」
「いいのよ。傍に居てくれるだけで十分助かっているから」
彼女がそう言うならと、蒼依は閉じていた本をもう一度開く。
そしてカリカリという音を耳に感じながら、続きを読み進めた。
こうして蒼依は苺が執筆する横で、読書をしながら完成の時を待った。
このままでいいのだろうかと思う時はあったが、彼女の活き活きと姿が見られるこの時間は、決して退屈じゃなかった。
きっといい作品が出来る。
いつの間にか、蒼依の中にはそんな根拠のない確信すら芽生えていた。
そんな日が二週間ほど続いたある日。
今まで順調だったはずの苺の手がピタリと止まった。
「煮詰まってる感じ?」
「ええ、ラストシーンがどうしても思いつかなくて……」
苺は眉間にしわを寄せると、小さくため息を吐いて言った。
「以前この作品を書いていた時も、こうして結末に困ったの」
ラストシーン。
それは物語の中で、最も盛り上がる場面と言っても過言ではない。それだけ作中では大きな事件やらが起こるのだろうし、起こったそれらを上手くまとめる必要があるのだろう。
「やっぱり、前提から見直す必要があるのかしら……」
ここへ来て、初めて物語づくりの大変さに触れた気がした。
一体どこで詰まっているのか。
思えば蒼依は、まだ苺の作品を読んだことがない。
「出来たところまで読んでみてもいい?」
「え、ええ、構わないけれど」
完成してから読むべきかとも思った。
でも、この作品を作る理由はあくまで苺の為。もし自分が読んで、何か一つでもこの作品の力になるのだとしたら、惜しまず協力したいと思ったのだ。
「ごめん、少しの間、原稿借りるね」
そうして蒼依は初めて、苺が描いた世界へと飛び込んだ。
* * *
とある世界。
そこには帝国と王国と呼ばれる二つの国があった。
帝国の領地には、栄養豊富な土で作られた広大な大地があり、王国の領地には、山から下りてきた雪解け水が流れる大きな川があった。
この二つの国は、お互いの国で得た資源を分け合い、友好的な関係を築く仲だった。
しかし、帝国に住むとある商人の悪行から二つの国の関係は崩れた。
これにより対立関係となった帝国と王国。
資源の取引を絶ち、やがて戦争状態となった両国だったが、帝国は満足な水を、王国は満足な食料の供給を絶たれたことにより、両国の生活はみるみるうちに衰退していった。
王国には、とある双子の王女が居た。
その姉妹は互いのことが大好きで、幼い頃から喧嘩一つしたことがない仲だった。
しかし帝国との国交が途絶えてからというもの、王族である姉妹は、その対立をいち早く解決する為の政治の道具として扱われるようになった。
やがて、二人の王女を崇める形で国が二つに割れた。
片方は戦争をさらに激化させ、相手の領地を奪ってしまおうと主張する姉派閥。
片方は平和的解決を図り、以前のように帝国と資源を分け合おうと主張する妹派閥。
二人の王女はどちらが正しいかなんて、一言も口にはしていない。
しかし、生活に苦しんでいた民たちによって、どちらの王女を女王にするかで国の方針を決めるという、身勝手な内戦が勃発してしまったのだった。
双子の姉は言った。
「私が死ねば、あなたが女王になり平和は守られる」と。
双子の妹は言った。
「私が死んであなたが私になれば、平和は守られる」と。
不毛な争いを繰り広げる民たちとは違い、双子の王女たちは、あくまで大好きな姉妹の無事を、心から愛した我が国の未来を願い続けた。
しかし、そんな王女たちの願いが聞き届けられることは無かった。
「姉よ、国の為に死になさい」
二人の母――現女王は、涙ながらに王命を下した。
仕方がなかったのだ。
どれだけ愛する我が子だとしても、王国の未来には代えられないのだから。
女王の下したこの決断に妹は泣き、姉は優しく泣きじゃくる妹を抱きしめた。
* * *
ここで話は途切れている。
果たしてこの後、この双子の王女はどうなったのだろうか。
王国と帝国、二つの国の争いは、平和的解決で決着するのだろうか。
「このままだとどうしてもバッドエンドになってしまう気がして……」
とても険しい表情で、苺は言った。
確かにこのままいくと姉が殺され、一件落着に見せかけたバッドエンドになるのが自然だろう。でも当人的には、そういう展開は望んだ結末ではないらしい。
「私はどうしてもこの姉妹を幸せにしてあげたいの」
苺が口にした一言には、物語に懸ける以上の何かが含まれているような気がした。
どうしてもこの双子の王女を幸せにしてあげたい。もしかしたらこの物語に出てくる姉妹とは、自分たちのことをさしているのではないだろうか。
「なるほど……長内さんの書きたいことが少しわかった気がするよ」
妹の代わりに姉が命を差し出す。現実ではそうなってしまったけど、物語の中だけはそんな悲しい結末にはしたくない。
ここまでの文章を改めて振り返った蒼依は思った。
きっと苺は変わろうとしている。
自分のやり方でもう一度、姉の死に向き合おうとしているのだと。
「やっぱり私には、この姉妹を幸せには出来ないのかな……」
そういう意味でも苺は、この物語をハッピーエンドにしたいのだろう。
でも、このままだと幸せな結末にするのは難しい。
(何か、いいアイディアは……)
なんでもいい。なにか双子の王女を救い出せるような存在は……
「……ヒーロー」
「えっ……」
不意に蒼依の口からそんな言葉が漏れた。
完全なる無意識だった。
でもそれを口にした瞬間、蒼依の脳裏に一つのアイディアが映像として浮かんだ。
「双子の王女を救い出すヒーローを出してみるのはどうかな」
この物語をハッピーエンドにするには、それを成しえるだけの力を持った登場人物が足りない。なら今からでもそんなキャラクターを作るというのはどうだろう。
「水城くんの案、使えるかも」
そう呟いた苺は、思案顔のまましばらく一点だけを見つめていた。
そして。
「結末、書いてみる」
何かを閃いたかのようにそう言ったのだった。
「書き終えたらもう一度読んでもらってもいいかしら」
「もちろん」
そして苺は蒼依から原稿を受け取ると、止まっていたはずのペンを走らせ始めた。
その姿はとても活き活きしていて、何よりも楽しそうだった。
居場所を失い彷徨っていた、昨日までの彼女とはまるで違う。やるべきことが明確になった人の、前向きな姿勢で原稿と向き合っていた。
(がんばれ、苺ちゃん)
蒼依は心の中でそう呟き、苺の物語が完成するその時を待った。
そして、原稿を書き始めてから約三週間が経ったある日。
遂に、苺の小説は完成したのだった。
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