対決…ソフィアの正体

 FINE RIVER GOLF CLUBの看板…

 その頃、茜と安川が公園で将来のことについて語っている頃。政嗣とつばさはファインリバーゴルフクラブの応接室に向かっていた。

 2階に上がる階段の踊り場には高さも幅も見上げるほど大きな陶壁が掲げられていた。『ソフィアの翼』と題されたその壁画には、虹のような彩りで二人の天使が描かれていた。

「でかいな〜この絵」

 クラブハウスの正面玄関は児童館への入り口とは趣が違って格調高い。応接室へ向かうカーブを描いた階段に掲げられた大きな壁画。圧倒的な空気に包まれる。

「色が綺麗。あ、これプレート」

「ソフィアの翼か〜」

「政嗣の勘は当たってるかもな」

「だろ確かにソフィアの正体は安川という気がする。でも、あの書き込みを検証してみると、どうみてももう少し年配の、歴史的事実を体験している年代の人の手のよるものと思えてならない。言葉使いとか考察の仕方、アプローチが違うんだよな。俺たちの年代じゃ難しい気がする」

「なるほどな〜かれこれ20年くらい遡る書き込みがあるってよく気づいたよな。それについては安川には無理だろうな、たとえどんなに勉強したとしても」

「行くか、なんか武者震いがしてきた」

 つばさが腕をグルグル回しながら一気に階段を駆け上がった。

 気のはやる二人がドアの前に立ち、一息入れてノックした。中で待つ安川の祖父という人に思いを馳せた。

 幼い頃に両親をなくした安川をあそこまで素直に、素敵に育て上げたこの部屋の主はいかなる人なのだろうか…


「どうぞ」

 落ち着いた声が響いた。

「失礼します」

 ドアはゆっくり開いた。

「やあ、美波の同級生だって、そんなの会ったこと無いからどんな顔したら良いかわからないな」

 と、恥ずかしそうに頭をかいた。

「あの、何から話したら良いか」

「まあ座って」

 祖父に促され窮屈に座ったつばさが躊躇して次の言葉を探してる。

「あの、ソフィアって名前を知っていますか」

 政嗣が尋ねた。

「あ、そっちから、ちょっと違ったな」

 長い間が空く。

「ソフィア、ソフィアは確かに私の孫娘の、私が勝手にそう呼んでいるんだが、それを知っているということは…」

 と、老社長は不思議な顔で二人を見た。

「その他にもソフィアって名前を見たことがあるんです」

 強気な声で政嗣が続ける。

「ふ〜ん、それは『サイコス』のハンドルネームのことなのかな」

「あのハンドルネームは安川社長のものですか?」

「うん、最近はそうでもない。あのサイトを孫が気に入ってしまって、もっぱら書き込みはあいつがしている。でも、誰が書き込んでるかなんて特定できるものなのかな」

「安川が書き込んでいるところを見たんです。頭が整理されてスッキリするとか何とか、あのサイトでリフレッシュしてるなんて…」

 政嗣の顔が苦々しく歪む。

「こいつら秀才だから負けるのが悔しくて長年のライバルみたいに思ってて、その相手を現実に見つけたもんだから…僕はそれほど入れ込んでないんで、へっちゃらなんですけど…」

 じいさんはハハハと高笑いした。

「記憶と整理、あれはあいつの得意分野だから、何しろ子供の頃ワシの膝の上であの画面をニコニコしてみてたのが一番古い記憶だといつか話していた。しかし…何故あの子がソフィアだと」

 聞かれた途端に二人は呆れた顔をした。

「あれだけ持ち物に名前が書いてあれば、カジッてるものとしてはピンとこざるを得ない」

「ハハハそうかそうか」

「あの、彼女がもし留学したいと言ったら、おじいさんは反対ですか」

 沈黙とともに何かに思い当たった気がしたのか、

「やぶさかではない。あの子の希望ならなんとしても叶えてやりたい。けど…そんな話は聞いたことがない。将来は此処を継ぎたいとは聞いているが…まあ、鵜呑みにしてもとは思っている」

「サルファナ共和国をご存知ですか?」

 確信に迫る。迫らないと此処へ来た意味がない。

「知っている。30年くらい前になにかの本で読んで興味を持って調べたことがある。小さな国だけど穏やかな心意気に惚れて参画してみようと思った」

「参画…?」

「私は当時遺伝子に興味があった。調べる中で自分に、日本の民族の遺伝子に近い塩基配列を持った民族がいることを学術書で知った。その国を覗いてみたくてね。仕事の合間に出かけてみた。穏やかで静かで勤勉な人々に驚いた。自分に近しいものがこんなに離れた場所にあるとは…それから貿易を通じて何か手伝えないかと探って…」

 待って待って衝撃的すぎてついて行けてない。話が難しくなった時点でつばさの心が折れた。

「いろんな荷物を運んだ。そんなご縁のある国だな。その国の名を此処で改めて聞くとは」

「じゃ、書き込みだけじゃなくてもっと他に関わりがあったんですね」

「そうだな。あのサイトを立ち上げたのは私の古い友人でな、間違ったことや嘘の多い世の中に正確な情報を発信したいと、理想を高く掲げて苦労した。何が本当か様々な横やりが入る。今では権威あるサイトとして認識してもらえるようになったが、そうなるまでには長い年月と努力が必要だった。親友だとしても私も資格を取らないと書き込みさせてもらえなかったな。サルファナ共和国。その国へ…留学か〜」

 と、ギロリと二人を睨む。

「その話を君たちから聞くとはどういう意味なのかな。う〜ん理解が難しい」

 そこまで前のめりだった政嗣とつばさは、どうにか自分たちの正体を明かさずにこの場を乗り切れないかと卑怯にも気持ちが後退りし始めた。

「ま、なにか複雑なカラクリがあるのだろうが、君たちに悪意が無いことだけはわかる。それで由とするか。こっちにも言わないでおきたい事情もあるしな」

 カラクリってなんだ?と、つばさは後で検索するメモにインプットした。

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