静かな時
「覚君、最近どう?」
「え?ああ、覚君。楽しそうにしてるわ。あの特許の話も頭フル回転にして進めてるけど、あそこにいるのが好きみたい。元々勘の良い子は平凡の中にいると疲れちゃったりするじゃない。刺激が欲しいってわけじゃないのよ。普通に静かに楽しみたい。それを満たせる環境ってなかなか見つからなかったりする」
「分かってるんだな安川」
「子供だからって腫れ物にしなくても大丈夫なのよ。大抵の子は自分で何とか出来る。みんなそう、彼が特別じゃない。流してもいいやってことが出来ないだけよ。
私も変わってた。おじちゃんが早くに気づいてくれてね。私にブランコ作ってくれたの」
「ブランコなの?」
安川は遠い目をして懐かしそうに頬に風の当たる景色を思い浮かべた。
「うん、一人になりたい時はこれで揺れてるといいよって。ハハハ…」
「ブラーンって?」
「うん、一人で気持ちの整理がつくまで揺れてたの覚えてる」
それが安川の原点なんだな、と思った。天才って案外簡単に出来るんだな。
彼女は一人で生きられる。一人が寂しくない。だから、思いが深い。政嗣は人の細胞の中にある触手がジワジワ動くのを見たような気がした。誰でも同じ数だけあるその触手が十分に静かに動く環境が大事なんだと感じた。
「なに?ニヤニヤしてるよ」
「あ、おはよう」
「安川さん?」
「ああ、頭の中が見たいって興味あるんだけど、時々見せてくれるその中にあるものが…ちょっと違う。全然みえないけどね」
「わかる。全然みえないところ、簡単に見えないよね。だから、楽しい」
そんな会話を交わした。茜はいつも安川のことを理解しようと眺めている。
「お前の気持ちは届くよ。安川なら元々何が普通とか括りがないから、歳が違うくらいで同級生とは思わないなんて無いよ」
つばさが言う。打ち明けてみれば道が開けるかもと前にも言っていた。
「安川さん。放課後付き合ってもらえないかな。話があるんだけど」
「どうしたの。この頃元気ないけど、どうかした?」
茜が安川に話そうと、最後までちゃんと与えられた任務を遂行してこの場所を去ろうと決めて公園に誘った。
木枯らしの吹き始めた放課後の公園は肌寒かった。深呼吸をして話し始めた。
「私、あなたのハンドルネームを知ってる」
「え?私のハンドルネームって」
安川が不思議そうに、でも少しは心当たりがあるような様子で立ち上がった。確信して良いと茜は思った。
「ソフィア。あれあなたよね。あなたのハンドルネーム。行動力の塊。何事も放っておけない探究心。正確な打ち込み。あの書き込みは群を抜いてる。私、あなたを我が国に迎えたくて、スカウトの為に日本に派遣されたの」
何言ってるの?と、不思議な顔で、最近の憂鬱を吹っ切るように話す茜をジッと見た。
「まさか、派遣されたって、あなたはこの国の、日本人じゃないってこと?」
「ええ、あなたを騙して我が国に連れ去ろうとやって来たの」
「待って、連れ去るってそれちょっと穏やかじゃない」
安川がゲンコツを作って身構えた。
「だって、そうなんだもん。私が私を偽ってあなたを留学させたら、あなたを騙すことになる。だからみんな話して、その上で、安川さんに判断してもらおうって決めたの」
茜の決心は硬い。日頃柔軟な安川が後退りするほど…
「う〜ん、どうしようかな、その告白、聞くべきなのかな。その前に…」
安川も茜の複雑な事情を半分は理解した。でも、後の半分が誤解かもしれないと一呼吸置きたかった。
「その、ソフィアのハンドルネーム、実は私じゃないの」
「え、まさか…」
「確かに私はおじいちゃんからソフィアとあだ名で呼ばれてて、甘やかされてる時はそうやって呼ぶんだよね。でも、あの、多分あのハンドルネームの事だよね。あれは…おじいちゃんなの」
ええ〜!と、茜がおもいっきり引いた。
「最近は忙しくて書き込みが出来なくて、て言うか私が勝手に書き込んでることが多くて代わりに遊んでるみたいになってるけど、基本おじいちゃんのサイトなの」
「そうなの、ソフィアはあなただけど、あのハンドルネームは…あなたじゃなくて…」
「おじいちゃん」
安川が曇りのない顔でにっこり微笑む。
混乱の中からお互い探り合ってたどり着いたところで、もう笑って終わりにしたくなりながら、踏み込む勢いをどっちが持っているのか。
「おじいちゃんがハンドルネームを考えるのに、元々ソフィアって名前が好きで誰も男って思わないでしょ、そこが気に入ってそれにしちゃったの」
「あのサイトは審査があって、それに合格しないと書き込みは許されないことになってるんだけど、合格したのは…」
「おじいちゃん。なの、私は書いちゃいけない人。違法よね」
「…」
あ、なんか言ってた。善治が…早まるなって…そんなこと。
「おじいちゃんが私の持ち物に何でもソフィアって名前を書くの。ファイルとかノートとかにね」
「愛情たっぷりのおじいちゃんなんだね」
って感心してる場合じゃない。話を先に進めるかどうするか…益々混乱している。
「茜、私をスカウトに来たの?」
「う、うん、国家任務でね」
「それは凄いね。だってすごい国でしょ、その国のサイト。あれおじいちゃんが感銘受けて本腰入れて書き込みしたくて資格取得にエントリーしたらしいわ」
「へ〜おじいちゃん勉強家よね。あのサイトにあの量の書き込みしようなんて」
「家のおじいちゃん変わってるから、いわゆる大人の考えでアレコレしない。大人の考えってずれてるところあるじゃない。例えば性教育一つ取っても。あれはね大切な人生の設計図だと言うの。なのに…自分を大切にする。性に巻き込まれないみたいなところで止まってるじゃない。
本当は自分がどうなりたいか、いくつまでに何をして、いくつまで働くか、それを考えたら子供を作ったり育てたりする時期が自分にとっていつかって思い当たるもんだっていつも言ってる。考えるところが違うって」
あっけにとられた茜があんぐりと口を開ける。
この子にしてあの親あり。話が弾んだ。久しぶりに心を開いて気持ちよく話ができた。その後のことはまたゆっくり考えても良いんじゃないかと結論は後に取っておいた。
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