未来への挑戦

「あの、学童保育って知ってる?」

 青年たちの心配をよそに、その夜、覚は直談判するために神妙な顔をしてリビングでかしこまっていた。

「学童保育?共働き家庭の子が…放課後勉強したり遊んだりするところ…か」

「うん、僕は無理に家庭教師をつけてもらわなくも宿題や復習は自分で出来るし、友達と遊んだりイベントを計画したりすることのほうがもっとプラスになると思うんだ」

 自分で分析しても社会性が足りないと思うし、友達もあんまりいないし…と、どう伝えたらあの場所への切符が手に入るのか悩みながら、なんとか行ける時間を、権利を確保しようと画策していた。

「へえ〜覚が自分で…そう思ったんだ。学童保育って小学生の間だけじゃないのか、来年はどうするんだ、それに中学受験も考えないと」

「中学受験は考えてない。公立の中学校に行きたい」

 きっぱりと言う覚に二人は驚いた。

「そうなのね。あら、そう言われてみれば確かに覚の希望は聞いてなかったわね」

「私立の中学は考えてないんだ。僕の行きたいところは民間の学童だから中学生も大丈夫」

 覚の説得は続く…

「先生に相談しようと思っているんだ。前に本当にやりたいことは何?って聞かれたことがあって、正直に話してみようと思うんだ」

 先生を説得しなくても親に気持ちを伝えるだけでいいと、大丈夫と思うのは大人の考えだろうか。

「いや、覚が考えている事があるなら応援するよ。成績のことを心配している訳じゃないから、親として中学受験を考えて先生に頼もうと思っていたわけだから。うん、それはこっちから断っておこう」

「え…いいの?」

「だって覚の気持ちが一番だろ」

 そんな簡単に親か引き下がるなんて思わなかったし、突然止めるなんて先生に申し訳なくて初めてすまない気持ちになった。

「ごめんなさい。先生に訳を話してね。ありがとうって」

「謝ることなんて無いよ。気持ちが聞けて嬉しかったし、やりたい事が解って良かったよ」

 泣けてくる。親心が沁みて泣いてしまった。

 明日は先生にお礼を言いに行こう。そう思って布団に潜ると興奮が収まってぐっすり眠れた。


 夜が明けると、急いで支度して遠回りの道を中学へ急いだ。中学校は高台にあって、走って登ると息が切れた。

「おはよう!」

「あ、おはよう!昨日はどうも…」

 茜が少し暗い。

「どうしたの?元気がないよね。昨日の事気にしてる」

「昨日…」

 と聞いて思い当たる節がある。

「あの広大なお屋敷のお嬢様って知ってしまった事かしら」

「なるほど、お嬢様ね」

 安川が冷静に笑う。

「学童保育の手伝いは誰かに頼まれたんだって勝手に思ってたから」

 茜も基本余計な詮索はしない。それでなくても安川のことを静かに観察している。それを隠すだけで骨の折れる作業だった。

「頼まれた仕事に付き合ってくれてたのね」

 ハハハと大笑いしている様はそこらに居る中学生に見える。無邪気にいられる世界は簡単なようで難しい。お互い同じレベルのピュアさが無いとこの関係を成立するのは困難だ。

「あら、あの子昨日の」

「覚君?」

 息を整えて待つ覚が驚いた。流石だもう完璧に名前も記憶している。

「おはようございます」

 二人に駆け寄って恥ずかしそうにする。

「父さんと母さんに許してもらってあそこに行けることになったよ」

 嬉しそうに話した。

「まあ!もう、早いとこ打ち明けられたのね」

「うん、どうしても行きたくて、楽しかったんだ。子供っぽいことしたくなくて何でも片っ端から拒否してたけど、あそこは居心地良かったから」

「まあ、みんな十分素朴で子供っぽいのに…でも、それは良かった。よろしくね」

 安川が明るく笑った。

「あら、え、こんなところで会って良いのかな、珍しいお客様ね」

 見つけたのは川園だった。覚の両親からの昨夜の連絡を思い出していた。

「ようやく覚も慣れた頃かなっと思っていたんですが、自分でやりたいことがあって学童保育に行きたいと言うんです。先生にはご迷惑ばかりおかけして申し訳ないです。あの子も先生に謝ってほしいって」

「まあ、そうなんですか…私も最近話もできてちょっと楽しくなってきたなって…でも、良いんです。そろそろバイトは辞めようと思ってたところなんで、短い時間でしたけど勉強になりました」

 そう、落ち着いて先生やるかと最近思うことが多かった。

「先生、覚君知ってるんですか?」

「うんまあ、ちょっとした知り合い」

「へえ、わたし達の物理の先生なの」

「お父さんから連絡いただきました。了解です。またどっかで合えると良いね」

「先生ありがとう。ホントにありがとう。先生の御陰だよ決心ついたの」

 覚の言葉に驚いて二人は顔を見合わせた。

「先生…」

「し〜これ以上はノーコメント、立場上ね」

 川園と覚の間には示し合わせたような不思議な空気があった。

「また」

「うんまたね」

「可愛い。あの子わざわざ報告に来たんだよ」

「余程、嬉しかったのね」

「先生…」

「ん、」

「ま、いいか」

 安川の嬉しそうな顔を見てつい顔が綻んでしまう茜だった。


 教室に向かう間、二人だけの静かな時間が流れていた。…茜が話を始める。

「安川さん高校はどうするつもりでいるの」

「え、高校、進学のこと?特に何も考えてないわ。近くの学校でと思ってる。この町を離れると通学時間が取られるじゃない。おじいちゃんも一人にしたくないから。まだまだ元気なんだけれどね。顔の見えることろで暮らしたいと思う。毎日忙しくて会えない日も多いんだけど」

 恵まれてると自分の事を言う。食事の世話をしてくれる人もいるし、出張でいなくても一人だけになることもないから寂しくないと話す。

「勉強するのは好きだけど、本を読むのもね。興味のある本を取り寄せて読み終わったら図書館に並べるのがちょっと好き。あれは私のコレクションなの。この施設の経営も勉強しないといけないし、全部私を育てたものだから大事にしたい」

「あなたの頭の中はとても優秀で、思考速度は天才だと思う。もっと自分の能力を試したり限界を知りたいとは思わない」

「う〜ん、なるほど。そういう方向に考えるわけだ。参考に茜はどうしようか考えてるの。このまま上の高校には行かないの」

「私、私は、留学しようと思ってる」

「まあ、転校して来たばかりなのに、今度は留学?せっかく友だちになれたのにね」

「………」

 心を許し合える人を見つけるのは難しい。親友と思える人に出会えることは人生に何回もない。安川と別れるなんて、茜も言葉をなくすほど寂しさを感じた。

「子供相手とは言え、楽しいことや面白いことが一杯で、これでも充実してるのよ」

 しおらしかった安川が元の印象に戻ってまた茜を驚かせた。

「覚くんのアイデアは覚くんが完成させないと大人が取り上げちゃ行けないと思うわ」

 と、不敵な笑みを浮かべた。

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