僕たちに出来ること
うつむき考え込む安川が、決心したように顔を上げた。
「私の家、この辺りじゃあ結構名の知れた養護施設なの。おじいちゃんが経営してるんだけど…私が小さい時両親が事故にあって、それで、私のために始めたって言うか、最初は私一人だけ、おじいちゃん一人じゃ大変だから近所の人に手伝ってもらって、そこにだんだん人が集まってきて会社になって、私の面倒見ながら仕事に追われているうちにそんな形になったみたいな」
「それ…」
話す安川を見ながら茜が心配そうな顔をした。
「部屋ならたくさんあるし、広い場所で空気も清々しいわ。そこを提供しようか」
ん…場所の話…安川の身の上話かと構えたらこの企画書の話なのか…でも、驚いてそこにいた全員黙り込んだ。
「部屋ならたくさんあるし…」
茜が復唱する。
「どう?」
と聞かれても気持ちが追いつかない。
「いきなり具体的に?まず、ひとまず受け入れるかどうか考えなくていいかな」
「それはこのメモを受けっ取った時、ほら、ここにこの企画書が広がってる時点で君の気持ちは決まってたって思うわ」
誰かの口笛がヒューとなった気がした。
善治は戸惑う。それほど即断即決の度胸も算段もないから、だから、誰かに相談したかったのかも知れない。安川なら受け取った時点ですでに動き始めている。嫉妬する。そう出来なかった自分を恥じて安川に嫉妬する。今度は動かなくなった善治を心配してつばさが声をかける。
「善治どうした?」
「え、ううん、何でも、あ、ありがとう安川さん」
安川の決断と行動力の速さを嫌というほど味わって毎回ドギマギしながら振り回されてきたつばさにすれば慣れたものだ。だけど、善治はそうはいかない。
性格も長いものには巻かれろのつばさと慎重で細かい事柄を検証しながら計画的に進める善治とでは違いすぎる。
善治、お前の天才はコツコツと積み重ねた努力で出来ている。二人の顔を見比べ不安な空気が広がった。
「この少年の気持ちを、私ももう一度きちんと聞くべきかしら」
「あ、あの、私も一緒に聞いていいかしら」
遠慮がちにそれでも素直に茜が口を挟んだ。
「お、俺も良いかな」
「ああ、良いよ。心ある人は皆んな一緒にって、なんか不思議な感じ。僕、そんな簡単に軌道に乗るとは思ってなかったし、1限が始まる前にここまで来るなんて…想像以上」
場の空気におされながら善治が言った。
善治の吐露とともにHR始まりの鐘がなってひとまずここまでとなった。
「驚いた。まるで魔法で秘密基地を作るみたいだった。なんかやっぱソフィアなの?あいつ、勝てる相手じゃないんだな」
そう落ち着いて話す善治のことを、話を合わせて笑いながらもつばさは心配した。我が国で1.2を争う秀才の善治がまた舌を巻いた。いったい安川は何者なんだろう。
「お前大丈夫。慣れない安川のスピードにやられただろう」
優しいつばさの心遣いが身にしみる。確かにやられた。完膚なきまでに…頭は切れるけど心がやわな善治。ホントは冷静ではいられないけど…
「スピードか…負けを認めるのも練習だよな。考えてみればあいつに相談を持ちかけようと思った時点で、すでにね。落ち込んだけど…そこで完結じゃないし」
「泣いてもいいよ。繊細な奴はやられる」
つばさも何回かやられた。途中から諦めが先行してやがて、置いてかれた。
負けを認めながらも善治も次のことを考えていた。覚とどう繋がっていくか…
「あ、さとるっていうんだあの子。あの子のためになるなら良いや」
人は誰かのためと思うだけで自意識が薄れていくものらしい。
「さとるってやっぱり例のあの子か。知ってるなんて言うわけにいかないからひとまず参加の意志だけ言っといた。後はなんとかなるだろう」
「さすがの瞬発力。つばさ凄いよ」
「あそこで参加しとかないと今後口挟めなくなるからな。茜もたいした洞察力だったよ。海道さんはなんて言ったの?一緒に聞いてくれたんでしょ」
「海道さん。ああ、蚊帳の外を決め込んでたよ。元々さとるくんは海道さんを頼って来たんだけどな…今日の事後報告して連絡先聞いといてもらうよ」
「あいつ、安川、両親いないってことかな」
「そんな話だったな。驚いたな色々あったんだな」
「積極的なイメージしか無くて、思わず引いた」
「そう言えば政嗣は?」
「政嗣はバイト始めたんだ」
「バイト?そんなのしていいの」
「バイトっていうか学童保育の指導員みたいな、お兄さん的な、週に三日くらい入って欲しいって親の友達から言われて、手伝いに行ってるらしい」
政嗣がバイト…バーテンだのDJだのじゃないところが政嗣らしい。
「どうする政嗣にも話して合流する?」
「話すのは良いけど、無理に合流するのはやめよう。バイトのことも聞いてないし、なにかあるのかも…香椎さんの意志も尊重しないとな」
お互い本当の家族ではないけど関係としては身辺に色々ある。その家族の中の立ち位置はそれぞれ違うと感じる二人だった。
「部活もみんな終わったな〜お前進学は?」
「俺はこのまま上へ行く。特に司令もないみたいだし」
「司令かあるのかそんなの」
「一度確認してみるか、今度行ったときにでも」
いかないでボヤボヤしてたら安川の流れが此処で止まる。善治が海道のところへ行かないと、と焦りながら、
「あ、携帯。メールしよう。『さとるくんの連絡方法知らせて下さい』これでいいかな」
と、つばさに見せた。
「うん、自然の流れでこうなってるんだから大丈夫だろう」
珍しくつばさがあれこれ考えている。茜の戸惑った顔も浮かぶ。皆んなそれぞれバランス取って生きてるんだなと思い返す善治だった。
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