具現化計画
覚が決めたもう一人の大人は海道だった。あわよくばもう一人、善治を巻き込んで相談に乗ってもらえたらと思っていた。
「え?」
常に冷静で何が有っても動じるはずのない海道が、思わず出した手を引っ込めた。
「何?果たし状」
「まさか、なわけ無いですよ。相談に乗って欲しいことがあって…」
冷静に差し出す覚が大人に見える。
「相談?お、俺に?」
「うん、頼りになる大人に会ったこと無いから、おじさんなら行けるんじゃないかって勇気を出してお願いしてます」
「まいったな~やっぱりおじさん扱いなんだ」
自分じゃまだ若いと思っている海道も小学生相手にはおじさんでしかない。
「君、いくつ?」
「11、誕生日がきたら12」
「六年生か〜」
「まあね。小柄だって言われる」
自分に向けられた信頼を受け取るべきか否か、迷う海道は覚の素直な願いに答えられないでいる。
「ちわ〜」
「あ、」
「あ!」
丁度いいところへ来たと言うべきか、間が悪かったと言うべきか、海道の引きつった顔に反応して善治がドギマギと浮足立った動きをした。
「な、なに、なにかの会議」
「まだ始まってないよ」
あくまで冷静な11歳の声に二人の大人が顔を見合わせた。
「なにそれ?」
完結に並べられた決意表明とも取れる企画書を前に唖然とする。上から順番に読んでいくと覚が指差して口を開く。
「相談に乗って欲しいのは此処、③番目」
「え〜なになに、ある程度の間秘密に動ける場所や人員を確保する…なにこれ?」
「僕には動き出すための資金がないから…ひとまずそれを確保するためのアイデア。方向性が無い訳じゃないけど、実現を早めるために誰かに聞いてもらったり、アドバイスしてもらいたいんです」
覚のキリッとした顔を見ながら間の抜けた感想を漏らす。
「おいおい」
「秘密にしたいのはなんで?」
善治は素朴に色々考えず質問できたりする。
「う〜ん親に知られたくないから。ある程度形にならないと本気にしてもらえない。子供だからね。実現出来そうじゃないと相手にしてもらえなくて、何言ってんだってなるから」
「非常に真面目な構想だよね。問題を起こそうとしてるわけじゃないし、ちゃんと見てもらえば伝わると思うけど…
でも、ちゃんとか〜確かに現実味となると。へ〜って終わったらそれまでだもんな」
黙っている海道の意見を求めるように善治が話を向けた。
「……」
何も言わない海道を覚も気にしている。
「そんな簡単じゃないよ。世の中だんだん変わってきてはいるけど、これは発想の大転換が必要だからね。素直な善治ならストンと腑に落ちるだろうけど、頭が硬いとそうは行かないよ。これを…本気でやろうとしてるわけだ…」
覚は海道の言葉に現実を感じた。
「流石だね、子供ってだけで本気にしてくれない。そこが問題なんだ」
「でも、やりたいことがあるんだから何とかしたら良いよ。ちなみにそんな事を言うなら君も中学生の僕も立場的にそんなに違わないから…」
「そうか…」
「就学旅行を計画実行するような話ではないからな〜。あ、」
「何?」
「いや何でも無い」
「でも、あ、って」
善治はソフィアならどう実現に向かって動くだろうかと少し考えた。と同時に、自分には実現できそうなアイデアがないと諦めているのがわかって情けないとも思った。
「大人の海道さんには解らないかも知れないけど、僕には少しこの少年の気持ちがわかるな。これ預かってもう少し考えさせてもらっても良い?子供は子供同士、子供の力でどうにか出来ないか考えてみる」
覚はもじもじしながら訪ねた。
「誰かに見せるの?」
「ああ、信用のおける子供に見せるよ。こういうのをちゃんと受け止めて笑わない人」
「………うん、それなら良いよ。善治…さん」
「君の名前は?」
「さとる…僕帰ります。また、来ます。海道さんお邪魔しました」
海道の消極的な態度に期待を裏切られたとでも思ったか歯切れの悪い態度で覚が帰っていく。
「海道さん。せっかく信用してもらえたのに、きっと大決断で来たと思うよ」
覚の帰る姿を見ながら善治が率直な感想を述べた。
「だからだよ。彼の大決断にどう答える?は〜色々考えて何も言えなかった。ここの関係すら秘密なのに…まずいかな。とか思ったりして、基本、秘密主義のこの館でどうしろって話だよ。
彼の話を聞く前に解決しないといけないことが多すぎた」
「そんな事言ってるから子供の声を聞けない大人になっちゃうんですよ。普通に大人として耳を傾けてやればいいんじゃないですか。それ以下でも以上でもないよ」
「うるさい。あの子本気だぞ。お前ちゃんと受け止めてやれるのか。その前に今日は何しに此処へ来たんだよ」
「まだ言ってる。海道先輩を慕ってる青年です。僕」
「遊びに来たってことか」
「はい、たまにはジーンズ買ったりもしますよ」
二人の関係に関しては何度も話したりシミュレーションしたりしても結論が出ずボンヤリしたまま、上に通う4人のサポートに務める海道だった。
「どうするのそれ?」
「これを見てどう思うか何が出来るかちょっと当たってみます。クラスに優秀で子供みたいに活発な子がいるんで」
「そう、ま、いいか。あれこれ考えるのは止めにしよう。それもありだな」
海道からお墨付けを得て次の日学校に向かうと真っ直ぐ安川に近づいた。
「あの、ちょっと知り合いの子に相談されて、君の知恵を借りたいんだけど、良いかな」
さほど会話を交わしたこともない善治から声をかけられて安川は戸惑った。つばさの友達くらいには認識していたけれど、親しくはない部類の同級生だった。
「私にですか…あの」
立ち上がりかけた安川を座らせてメモを見せた。
「これ書いたのまだあどけない小柄な小学生なんだけど、多分本気…だから手伝ってやれることがあったら力になってやりたいなと思って」
なるべく覚の気持ちが伝わるように話したつもりだった。自分の半分くらいの身長しか無い覚のあの決意を、真面目な真剣さだけは伝えようと努力した。
「小学生がこんな事思うんだ。私も思ったりしたかな…だんだん忘れてしまっているけど」
教室の片隅で二人が話している。明るい窓際の一番前は安川の指定席でHR前の僅かな時間、熱心にメモに目を通すや安川の横顔がいたずらっぽく輝いていた。
つばさと茜が反応している。チラッチラッと教室の前方に目をやりながら、たまらずつばさが立ち上がった。
「なに?秘密会議?」
完敗に打ちのめされた善治がリベンジに燃えて安川に近づいたかと訝しみつつ…ガタッと同時に立ち上がった茜も近づきつつあった。
善治から渡されたメモに目を通しながらつばさが頭を傾げた。
「子供の字よね。ここ期限が切ってある」
「う〜んこれを?」
「とっても真剣に考えてるんだ。相談に乗ってやりたいんだけど。特に③を手伝って欲しいって」
安川は真剣に興味深く文章を追っていた。そこにいる誰も笑うものはいなかった。
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