バイトとボランティア

 その話を香椎から聞いた善治は、

「僕本当に教えに行ってもいいよ。嘘じゃないなら良いんじゃない」

 まさか…

「そんな事して大丈夫かな、子供相手だからって用心しないと」

 香椎は最近の3人の明るさに不安を感じていた。明るさと言うより何処か浮かれているような、この国に慣れ始めているような空気に…

「その少年とは関わらないほうが良い」

 と、きっぱり言う香椎の助言に、あれこれ画策していた3人の笑いが凍りついた。

「あの、ちょっと質問なんですけど…わたしたちは普通に生活することが任務なわけで、特に何かをする必要は無いと聞いています。そんなに神経質になるのはどうかと思うんですけど」

 報告書を書きに来ていた茜が凍りついた空気を撫でるようにそう言った。

「………」

「香椎さんが心配するのはこのアジトだけでしょ。ここがバレるのはまずい」

「いや、君たちの関係性だって知られるのはまずいよ。自然に此処に集まる方法なんて無いでしょ。メンバー限定のカルチャースクールなんて無理なんだから」

「なんかストイック…」

「そこは今まで通り内緒ってことで」

 つばさが楽しそうに引き受けた。

 林間学校の仕事も一段落して呑気を決め込んでいるつばさは、色々有ったけど楽しくて毎日に前向きだった。

 発端である、橋口が思いついたこの3人を動かす計画も思ったようには進んでいなかったが、前哨戦で組織運営の楽しみを覚えた者たちから何人かが後期生徒会に立候補して、自分の役目は半ば終わったと3人への関心は急速に低下していた。

 残念ながらあれほど本気になって動いた安川も役員に立候補はしなかった。思いっきりやりたいことをやって楽しんだ安川は、その後どうやって仲間の匂いを嗅ぎ取ったか篠田茜と仲良くなって、それを期に生徒会活動から一切手を引いた。そして、普通の中学生らしくショッピングやティータイムを楽しんでいた。

「篠田はどうすればいいと思うの」

 政嗣が参考意見を聞こうと茜に声をかけた。

「私ね、その安川さんと仲良くしてるの」

 え?…

「駄目なのかなあ。なんか盛り上がっちゃうんだよね。普通に話してるだけなんだけど、楽しい」

「あ、危険な匂い」

 つばさが楽しそうに突っ込む。茜は恥ずかしそうに目の下を人差し指でこすった。


「データ整理のバイトとか、バイトじゃ駄目か〜モニターは?モニターなら良いんじゃない。お金が発生しないし、善治は下の店に遊びに来てるついでに海道さんと英語の研究をして、そこにその少年が加わっても問題ないと思うけど」

「設定だけしっかりしてれば大丈夫?僕も香椎さんにパソコン教えてもらおうかな」

「何処から見ても会員制のカルチャースクールじゃないか」

「それならそれでいいよ。香椎さんはお金もらっても大丈夫でしょ」

「一緒にやりたいとか希望者が出ても困る。此処だけは誰も入れないからね。とにかくそれぞれに任せるけど、問題を複雑にしないように」

 香椎に釘を差されてまた、4人で黙り込んだ。


 『彼女、どっかで会った気がする。見たことのある仕草なんだよね』政嗣が黙り込んで茜を眺め記憶を辿っている。その度に無口になる。

「何々、政嗣この頃黙り込むよね。気になることがあるの?」

 いや…つばさがそれを口にした瞬間、善治があることを思い出した。

「茜のことだろう、政嗣が期にしてるとしたら、何処かで会ったみたいなこと、前にも言ってた」

「うん、おぼろげな感覚。はっきりとはわからないんだ。俺たちは一緒に隔離されたり訓練したりしてたから、姿形が変わってもお互いに認識できるけど、突然後から姉貴が同級生になって現れてわかるだろうか?と思うと自信ないよ。まさか…まさかなってほど」

 政嗣の思いは3人共通だった。

 どっかで会ったことのある人でも姿形が変わればもうその経験は活かされない。想像したり思い返してみてもヒットするものがなければ確信が持てないのがこの仕事だった。

「あの子に会ってみる?」

「え?俺たちも」

「あの子って下の店に来る子?」

「駄目だろ。香椎さんがやめろ。みたいな事言ったじゃない」

 すっかり反骨精神を削がれた善治の言葉にギョッとするつばさを見て政嗣が笑った。

「なんかさ、友達でいいじゃない。言い訳も設定も無くても、こうやって並んで歩くの楽しいし」

「へ〜ちょっと嬉しいじゃない。そんな事言ってもらうと…」

 政嗣は反応しないで黙って歩いた。不愉快とか違和感とかじゃなくて、これは照れだと不用意に感じていた。

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