修学旅行の余波

 修学旅行とやらはそこそこ楽しかった。この歳で大勢の他人と布団を並べ、1つ部屋に篭って話をしたりふざけたり、理解できないことも多かったが、同年代の子供の気持ちに触れた気がした。

 大鍋で作ったカレーは美味しかった。全員で丸くなって歌う経験も、ある種の洗礼を受けたような高揚感が感じられた。

 昼下がりの秘密基地でブラインド越しの陽に当たりながら久々のオフを過ごす政嗣は、回転椅子に身を任せたままパソコンを開きっぱなしにしてリラックスしていた。

「どうしたの?サイコス?」

「あ、このサイトうちのクラスの奴が息抜きに来ていて善治が悔しがっているんだ」

「サイコスへ息抜きに…へ〜」

 ピーズ社の運営するサイト「サイコス」へのアクセス数も、追加資料への書き込みの多さも、ピーズ社が目をみはるハンドルネームソフィア、この天才が安川美波と知って、三人はようやく日本人への態度を改めた。

「中々バランスが良くて、その安川って奴。よく学び、よく遊べって感じで、この夏振り回されたけど意外と楽しかった」

「政嗣がそんな事言うなんて珍しいな。まあこの博識からみてもわかる。我社にスカウトしたいくらいなもんだね」

「だろ、日本って凄いよ。なんでも無い顔して飛び抜けた奴がいる。こういうのを見るとあの辛かった演習が報われる気がする。Mr.是清、様々だよ。特に安川は勉強を頑張ってる風でもないし、興味のあることはそんなとこじゃない感じが最強なんだ」

「善治だけじゃなく、お前にも一目置かれているんだな」

「つばさは憧れている。なんか出会ったことがない人種だってべた褒め」

「つばさが…なるほどね」

「そう言えばこの前気にしてた少年。また来てたらしいよ。下の店に」

「少年?」

「ああ、前に更衣室に潜り込んで善治が適当にやられたって言ってたあの子だよ」

「へ〜気になるの」

「いや、そうでもない。無邪気な感じの子だって海道が言ってた。必要以上に関わるのは避けたいけどね」

 海道の目に止まったあの少年は、その後も時々店にやってきていた。店に用など無いはずなのに顔を見せる。無理やり追い返すわけにも行かないから様子を見てると報告をもらっていた。

「子供か〜」

 将棋やボードゲーム以外に興味を持たない政嗣が気にしていることを香椎は好意的に受け取った。


「ここはもう来ないんじゃなかったっけ?」

「え…」

 海道が優しく尋ねるときまり悪そうに似合わない顔でニッと笑った。

「居心地がいいって言い訳で許してもらえないかな」

「まさか、此処が、大人のジーンズショップに欲しいものなんて無いだろ?」

「安らぎだよ。子供を子供と思わないだろ…君。子供は子供扱いされたくなくて毎日もがいてる訳さ」

「へ〜」

「へ〜ってこれでも本気だからね」

 海道は近づくまいと思いながらも親近感を覚えた。初対面の時から対等に相対したこの少年が、無理して作ってる気がする生意気な姿に犯し難いものを感じていたからだ。

「なんで時々、そうやって引き籠もってる訳?」

「それを聞かれると辛い。理由っても大したことじゃない。単純に自由にしていたいから」

「君が此処にいることで家族が心配したり、迷惑をかける人がいたりして問題になると困るよね。ただのジーンズショップだからね。何しろ」

「この前、随分前に会ったあのお兄さんに英語を教えてもらうとか、何かの口実をつけて自由時間を確保するって無理かな」

 え…覚えているの。あのちょっとしたハカリゴトみたいな会話を…確かに善治とそんな話をした。海道は常に冷静な自分が今、驚いているんじゃないかと不安になって深呼吸した。

「教えてもらえなくても大丈夫だよ。それならそれで自分でなんとか習得するから」

「それは頂けないな。親に嘘を付く片棒を担げってことでしょ」

 覚は駄目かと下を出して「まずいよね」と言った。

 目がクリクリとして絶え間なく何かを考えている。魅力的な子供だ。でも、深入りは禁物。今日は此処までだなと口をつぐんだ。

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