衝撃のデビュー

 食事が終わり後片付けに寺の中がゴタゴタしている頃、タクシーが寺の門前に止まった。

 汗をじっとり流して坂を登る。

「いったいこの坂は何処まで続くの…」

 大きな息を吐きながら進む。寺の大きな看板に反応して降りてしまった。が、タクシーを止めた場所が宿坊よりかなり手前だと気づいたのは、この坂を途中まで登ってからだった。古い大きな寺には参道と称する修行のような坂又坂、長い階段が本堂まで続いている。そこを慣れぬ足取りで歩くことになった。

 夏の夜道を月明かりの中進む、それが終わると今度は石石石…

「な、何これ、なんでこんなふうに石が積んであるの」

 独特な雰囲気に馴染めない。理解できない。茜はスマホを取り出して写真を撮りデータバンクにアクセスした。

「ん、え、これ…お墓なの、こんな狭いところに、石が不用心に立ってるなんて信じられない…あ、誰か来た」

 反射的に茜は大きな墓石の陰に隠れると、息を潜めた。

 サーチライトを持ったひと組の男女に目を凝らす。一人は昨日会った気がする。つばさだ。相変わらず生意気な顔と思って睨みつけていると、見たことのない穏やかな様子に拍子抜けした。

「つばさ…へ〜あいつ、あんな顔するんだ」

 つばさにとって印象の薄い茜だったが茜はつばさの記憶を持っている。つばさが日本に派遣されている事を知っている茜のほうがそれについては圧倒的に有利だった。

 子供の頃、親同士が仲良かったしガリ勉の多い学生の中で、頭が良い割りに適当に力を抜いて生きているつばさに親近感を感じていた。

 ただ、同い年として赴任した茜も実際には歳がいくつか上で、中学で一緒になる年回りではなかった。

 昔、ゼウスと言うサーカスが町に来た時、たまたまつばさの母からチケットを貰って家族で行ったことがある。座席が真反対の場所で、遠目に、無邪気に楽しんでいたつばさを心地よく眺めていた。お互い子供だった。そんな懐かしい遠い記憶もあった。

「どうしよう…」

 出るべきか出ざるべきか悩んだ。

「でも、此処で道に迷っても困るし、ま、どうにでもなるか」

 茜は思い切って飛び出した。

「あの…」

 二人は思わず息を呑んだ。

「すみません。道に迷ってしまって…」

「キャー!」

「キャーって…」

 お墓で人、または他のなにかに出くわす驚きに、つばさも茜も反応が鈍い。そこは日本人だからか…腹の座った安川が悲鳴を上げたことを見逃さずつばさが面白がった。

「ああ、びっくりした!」

「仕掛けに来た方が驚いてるんじゃ駄目でしょう」

 つばさが少しバツが悪そうに、茜の顔を見ないようにそう言った。

「あの、2学期からこの学校に転校するんです。早いほうが慣れるのも早いかなと思って、来てみたんですけど…」

 ああ、そうなの。とつばさが緊張した顔を少し緩めた。

「危うくこっちが肝試しに合うところだったわね」

 と、ソフィアが明るく笑った。

「肝だめし…?」

 データバンクにお伺い出来ないこの状態で、意味を知るにはマニアックな言葉だった。

「目的地にこの石を起きに来たところだったんです」

「そ、そうなんだ」

 気のないふりで答えた。

「可愛い。絵が描いてあるんですね。ないのもある」

 懐中電灯で互いに照らし合いながら色とりどりの石を確認する。

「そうなの、自分たちの石を探して持ち帰るってゲームなんだけどね、この辺りでいいかな」

 大きな墓石の前に箱が平らになるように足元から拾った石で調整してその上に置いて帰ることにした。

「私も一緒に行っていいですか?」

「ああ、どうぞ」

「なんて名前ですか?」

「篠田、篠田茜です。父の転勤で編入しました」

「この時期の編入は大変ね。うちは高等科もあるから、そのまま上がれば大丈夫か…高校受験があるなら今からの受験は大変そう」

「まだ検討中です。様子を見ながら考えます」

「まあ、旅行の間は息抜きして楽しんでね」

「ありがとうございます」

 つばさがいたたまれない顔で前をサッサと歩いた。

 すでに意気投合している。適応能力の高さは我が国の得意分野。流石だ…

 昨日、危うさを感じていた茜の安定した姿に簡単に脱帽してしまう自分。抵抗力が無くなったというか反骨精神が薄まったというか、半分諦め状態の自分に少々不満なつばさだった。

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