夜へと

 不安そうな顔をしていた川園がホッと胸を撫で下ろして歩き始めた。

「皆んな動きましたね。これで半分は成功かしら」

「突飛な発想だけど、僕の親父の修学旅行はこんなところだったらしいですよ。最近こういうとことは使わなくなくなりましたよね」

「校長先生が面白がって賛成するから、私は何も言えないまま今日を迎えましたよ」

「皆んな真面目だから、なんとかなると僕も腹を括ってます」

「皆さん、荷物を置いたらもう一度此処へ戻って、グループに一つずつ手のひらに乗るくらいの大きめの石を探して下さい。この後使います。必ず一つ拾ってくださいね」

安川が手頃な大きさの石を掌に乗せて叫んでいた。


 部屋に着くと入ってすぐの柱の前に今日一日の行程の書かれた紙が張り出されていた。男子の部屋には、

○体操服に着替えて建物の前に集合。薪割り(1.2班)これ何?

                 ファイヤーストーム作り(3.4班)これ何?

                 布団敷き(5.6班)これはわかるか…

 先に到着した男子が読み上げた。皆んな安川の用意周到な計画に巻き込まれながらバタバタと時間に追われていく。


 女子の部屋には、

○体操服に着替えて建物の前に集合。夕食作り(1.2班)これ何?

                 ファイヤーストームの準備(3.4班)

                 布団敷き(5.6班)

 と、張り出されていた。


「じゃあ、まず拾ってもらった石にそれぞれ班のマスコットと、グループの皆んなの名前を書いてこの箱に並べていって下さい。まだじゅうぶん時間があるのでゆっくり考えて書いて下さい。なるべくグループの名前とわかりやすいマークを蛍光塗料でお願いします」

 蛍光塗料の瓶や筆、マジック、準備された絵の具を楽しそうに塗っていく。それぞれ工夫をこらして思わぬ傑作を生み出すグループもあった。

「政嗣描けよ」

「俺、絵は駄目。これだけはどんなに練習しても形にならない。難しいよな〜」

「お前でも苦手なものあるんだな。知らなかった」

「苦手なんだな。披露するわけ無いだろう。こういうものからは遠ざかって生きる」

 器用に善治がかき氷の絵を描く。夏だからこれ好き。とか言いながら、それはそれで楽しそうだった。このところ三人はそれぞれの暮らし方が確保出来たと見えてあまりバリアを張らなくなった。少しくらい近づいても仲が良いと思われるくらいで疑われることはないと日本という国にすっかり慣れてきた。


 綺麗に書き上がった石は、大事そうに箱の中に収められてこの先どうなるのか知らされないまま、出番を待つことになる。

 その後それぞれの役割分担に別れて1.2班は厨房へ移動した。調理などやったことのない生徒のために簡単に出来るメニューが黒板に書き出されていて、それに従って野菜を洗い始める。さすが評判の進学校だけあって包丁の扱いはおっかなびっくりでも、大まかに説明すればおばさんの号令で気持ちよく作業は始まった。飲み込みの速さにおばさんも上機嫌だった。

 ファイヤーストームの準備とやらは進んでいるのか?お寺の境内は火気厳禁ということで少し離れた広場にまずは移動。集められた3.4班のメンバーによって大きな丸太が運ばれ、櫓が組み上げられていった。

 都会の街には由緒正しいお寺もないから皆んな珍しそう。神々しく櫓を見上げた。

 中には盆踊りくらいやったことのある生徒もいて、何処か懐かしさを感じていた。

 布団敷きに残った連中は、大量の布団を一つの部屋に敷くことに抵抗を感じていた。賢い連中だから言葉に出さないけれど、此処で今夜自分たちが寝ることになることを感じ取っている。それがどういうことなのかまでは解りかねるが、反応として拒絶したい心境になっていた。


 つばさたちが修学旅行で大騒ぎしているこの日。隣町の滝川小学校には、バランス悪くスキップしながら開放感に浸る覚がいた。

「なんかとっても機嫌が良い気がするけど、なんで」

「それはね〜今日は家庭教師が来ないから」

 冷たい同級生の視線も気にならずウキウキと答える。校門を出れば今日は自由だと思うと心が弾んだ。

「家庭教師、まだ来てたんだ。そんなの必用無いのに、なんであんたの親は無駄なお金を使って家庭教師を雇うわけ?」

「さあね。今日はラッキーな日だから良いんだ、その話は。今から行く所あるからさ。自由時間は有効に使わないとね」

 その明るさが似合わない。スキップもぎこちないのに楽しいのだけは伝わってきて奇妙だった。勉強が嫌いなわけじゃない。家庭教師と気が合わないのか、他に理由があるのか、とにかく無駄な時間は使いたくなと思っている。

「悪いやつじゃないけど、付き合い難いっていうか、とっつき難いっていうか、子供の頃はもっと話しやすくて可愛かったのにな」

 振り向きもせず離れていく覚の後ろ姿を眺めながら、柚菜は頬を膨らました。幼馴染の覚は5年生になった頃から扱い辛くなった。昔のようにバカにして楽しむことは出来ない。

 焦れったいと思う理由がわからないのは覚も、親も同じで、扱いにくくなった分何処で何をしているか知りたがるようになった。挙句の果てに成績が下がったわけでもないのに安心のために塾に行かせようとした。

 親は無力だ。子供の気持ちなど理解できるわけがない。否、子供だって辛いのだ。自分の事が全て理解できてない。己をもてあましながらどうにかこうにか過ごしている。

 なのに忙しい自分たちの代わりに覚の毎日を塾やお稽古ごとで支配しようとした。無理強いしたかったわけじゃないが、やりたいことを自分で見付けられる小学生などいないと単純に思っていた。

 覚はただただ好きなようにしたかった。もっと生活に密着した勉強はないかと探していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る