身の上相談

「一度君の気持ちに寄り添ってみようって、今日は覚悟して家を出てきたんだけど、なにか思うことがあれば話してみない」

 学生と同じ様に川園にも小さな変化が起きていた。話をする。相手にこちらの意思を伝える。それは当たり前に気持ちが必要で、安川の何事にも積極的で楽しんでいる姿は川園の心の鎖を溶かし始めていた。

 川園から始めて腹を割って話してみようと覚に声をかける。

 夏休み前に初めた家庭教師も、逃げられたり待たされたりしながら3ヶ月続いた。でも、コミュニケーションが取れているとは到底思えない。日頃のやる気の無さに比べ模試で完璧に近い数字を出してくる覚は、勉強が好きだとは断定できないけれど、サボったりする性格じゃない。結果を見てかなり優秀だということは誰の目にも明らかだった。じゃあ何が今後に必要なのか…一度話してみたい気がしていた。

 無口な覚は直ぐに返事をしない。そのリズムも掴めてきた。問いかけたい気持ちを抑えてもう一息待つと渋々話し始める。多分そのタイミングを外すことで自分が積極的に話すという行為から逃げる術を身につけてきたんだ。

「多分、家庭教師は親の精神安定剤だと思ってる」

「精神…安定剤」

「か、お守り」

「…」

「一人にしておくと心配だから」

「…」

「じゃない?」

「…」

「子供だからさ、親の意向には従おうと思うわけ…苦痛だけどね」

「ふ〜ん、じゃあじゃあ、この時間を有効に使うならどうしたいって希望が有ったりする」

「そうだな…」

 そのまま沈黙が続いて…

「考えてみる」

 と、覚が宿題を終えるようにノートを閉じた。

「そう、そうするか」

 積極的になったのが災いして覚の口を閉ざすことになってしまった。

 でも、少し、少しだけど、自分の役割がはっきりした。話してみるのも良いもんだと川園は肩の荷をおろしてホッと笑みを漏らした。


「意外と良い奴だったよ。…うちの家庭教師」

「へ〜それは良かった」

「やりたいことはないかって聞いてくれた」

「なにそれ、やりたい事が有ったの?」

 柚菜の自分への関心の無さに落ち込みそうになる。

「この前、あの後、特許を取るための講習会へ行ったんだ」

「特許?」

 そんなものを何に使うんだと言いたげに、理由を聞く気もないらしい。

「特許が認められてある程度の収入が得られるようになったら後はそれを自由に使う生活がしたい。子供の家を子ども自身が運営展開する。自分が一番やりたいことをやれる環境を確保する。それがね、目下のところの目標」

「なにそれ!」

 柚菜はビビって後退りした。子供にだって共感が得られないんだ。大人を説得できる訳がない。

「皆んな親が忙しいじゃん。だからお互い助け合える人生もいいかなって思う。子供の時は一人じゃ生きられないでしょ。だからってひと括り纏められて大人のルールで縛られるのも嫌だし」

「正論…だけど…まさか本気でそんな事考えて生きてるなんて、生きづらいね。そんな事聞かされたら勘違いして親が悲しむよ。子供なんだからもっと無邪気でいいんじゃない」

「無邪気に生きるには環境が必要だよ。この歳まで親に従ってきたんだから、もう我慢しないで生きたいよ」

「この歳っていったいいくつになったのよ」

 柚菜は呆れてため息をつく。

「お前は不感症なのか、はたまた余程の恵まれた人生なんだな。皆んな誰かの犠牲になったり、遠慮したりして生きてるんだよ。でも、そんなことしてたら才能が潰れる。惜しいだろそういうの」

「ふ〜ん。難しいのね」

「この時代、何事も子供が一人で出来ることって無いよ。やらせてもらえない。そういう意味で相談できる大人を見付けられそうなんだ。

 二人…どっちか上手くいくと良いけど、焦っても駄目だからもう少し様子を見ないと」

「二人…」

 天才なのか、空想好きなのか、言っていることが半分くらいしかわからない。柚菜は理解してやりたくても自由に対する欲求が違い過ぎて覚の思いに届かなかった。


 覚は企画書を書いた。

①子供の家を経営する。

②運営は自分たちで開発した特許料を財源にあてる。

③そのための準備期間としてある程度の間秘密に動ける場所や人員を確保する。

④本格的な活動を3ヶ月以内に始めることとする。


 具体的な決行予定日まで掲げて覚の本気が伝わってくる。これを信頼できる二人の大人とやらに託してどうやって具現化するのか………

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