林間学校出発の朝

 校庭に爽やかな鳥の声が響き合う中、三年生が集まった。この辺りは市街地から離れたベットタウンなので人口が多い。その上人気の進学校。進学校の割に自由が利いて学校から志望校を変えられるという理不尽な圧力がないのが売り。個性的な生徒が集まっていた。

「おはよう!」

「おはよう!これ内緒で持ってきた」

「駄目だろ、それ缶詰?」

「フルーツ缶好きなんだよね」

「一人で食べるの?」

「ほしけりゃやるよ」

「食べたこと無いよ。そんなの好きな奴いないだろう」

「これ見て最新の小型ラジオ。これないと眠れないから持ってきた」

 各々が自分の自慢の一品を持ち寄って見せあっている。その光景がなんかチマチマしていて、つばさを笑わせる。

「好きなんだよな。この感じ。俺もマニアックなところあるから、あのラジオ聞いてみたい」

「可愛いよな。やることが。僕が自慢の一品を持ってくるとしたら何を持ってくるかなあ。そうだな…駄目駄目、この国に普及していないものはご法度だ。何処まで普及しててどれが駄目かわかんなくて持ってこれやしない」

 会話がばかばかしくて善治が笑った。


「おはよう!点呼手伝って、あ、先生おはようございます」

「あ、おはよう!」

 苦手な橋口が、無事今日を迎えたことに興奮して赤い顔をしていた。ずっとターゲットにされて目で追われていた三人は窮屈な気分が何なのかわからないまま、橋口のことを気持ち悪い奴。と思っていた。

 バスに乗り込んできたのは希望者の70人。バス3台を仕立てて林間学校へ向かう。クラスの半数が参加と出席率は高いと言えた。


 計画の初期段階、参加者をどう部屋割りするかで実行委員は頭を悩ませた。中には仲が悪かったり良すぎて同じ部屋になりたがったり希望を言ってくる連中がいて面倒くさかった。

 ある程度のプリバシーは守ろうとホテルか青年会館を当たっていた当初、ひと部屋の収容人数が少なくてこまごま割り振るのが安川の性に合わなかった。

 そんな頃、安川が突然肝試しをやりたいと言い出して、そこからだんだん話がおかしくなって会費も見直し、最終的にこの合宿は今までの想像をあっさりと超えたものになっていった。

「我ながらミラクルだと思うわ。修学旅行って今どきやらない気がするけど、昔のノリの修学旅行を再現したら人生観変わると思うのね。そういうの未来を背負う若者には重要」

「まあ苦情が出るとしたら初っ端だから…ついた早々度肝を抜ければこの合宿は成功だよ」

「あら、否定的なの?」

「違いますよ。そのくらい最初のインパクトが強いってことですよ」

「そこがクリアできたらもらったわね」

 安川が不敵に笑った。

 安川は人間の古き良き素朴さや、好奇心や、がむしゃらさを残したまま天才になった。だから発想の幅が大きく奇抜で彩りに満ちていた。つばさのような破天荒な性格には、こういう読みきれない振り幅が想像を刺激してそばにいるだけでワクワクした。

「どうした…」

「あれ、うちのサイトだ」

「昨日の続きだ…俺も気になってたやつ」

「今も書き込んだりしてるの?」

 一番うしろに陣取った三人が声を殺して眺めているのは、安川のパソコンだった。

「確かな目撃情報ってやつだな」

「あいつ、間違いなくソフィアだ」

「おい!」

 つばさの声を無視して善治が前の席に移動した。

「そのサイト何なの?」

 画面を覗き込みながらとぼけた顔をして声をかける。

「え?これ面白いの。勉強に疲れた頭を冷やすのにもってこい。記憶とか調べ物とか得意分野なのよ。頭の中が古風なのかな。楽しくて…」

 指の動きがあまりにも活き活きとしていて善治は安川の頭の中を少し覗けた気がした。こいつは楽しむために此処に来ている。このサイトが遊び場か…

「なに、もう戻ってきたの?表情が険しいんだけど」

「………」

「かっこつけんなよ。どんなにイキガッても敗北感隠せない」

「息抜きにやるサイトじゃないよ」

「へ…安川がそう言ったの?流石ソフィアってか、安川だ」

 悔しい気持ちは抑えながらも、もう関わらないことにしようと決める。

「あのサイトは誰でも簡単に書き込みが許されるサイトじゃない。参加資格と言うか書き込みが許される為のエントリーが有る。それをクリアしてる段階ですでに天才」

「無敵だな〜」

 善治はさっぱりした顔をして白旗を挙げた。でも、いつか何かで負かしてやりたいと臍曲りの性格が心のなかで燃えたぎっていた。


 バスは住宅街を抜け目的地へ向かってひた走る。

 書き込むだけ書き込んで満足した安川は、立ち上がって今回の会に先立っての挨拶をあっさりと聞きやすく呼びかけた。

「welcome to 修学旅行!!今まで誰も知らなかった。でも懐かしい今回の旅。皆んな存分に楽しんで下さい」

「イエー!!あれ、林間学校じゃなかった?修学旅行って?」

 あちこちで歓声が上がった。とにかく楽しむ準備はできている。どうとでも来いと受け入れじゅうぶんだったが、果たして修学旅行とはいかなるものか、そこから先は神のみぞ知る領域だった。

「いいね〜安川、怖いもん無しだな。善治も戦わずして負かしたわけだし」

 善治が嫌な顔をした。もうその話には興味はないという顔でそっぽを向いて、寝る準備に入った。

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