四人目のヴィルス菌保菌者

「肝試しなんて、皆んな乗ってくれないかな」

「きもだめしって?」

「あら、肝試し。夏の定番じゃない。苦手?林間学校の会場近くに外人墓地が有ってね。この広さなら申し分なく、ちょっとした肝試しが出来ると思うんだけどな」

 会場付近をマウスで辿りながら安川がつぶやく、つばさはそそくさと『きもだめし』を検索し、苦手な領域にギョッとしながら顔をしかめて安川を見た。

「こういうのはちょっと、あんまり好きじゃない。担当は無理だな」

「あら、こういう古典的なイベントは合宿にはつきものよ。あなたがそんな事言うなんて意外。怖いの?此処もってこいの墓地だと思う。この辺りにお化けを仕込んだり、一番奥の墓石にノートを置いて名前を書いて戻るの。名前を書いた石を置いて持って買える方が良いかな。探すのに手間取って、度胸がないとクリアできないと思うわ」

 安川の用意周到な計画につばさが引いた。度胸を試すって発想がどうかと思った。

「誰か担当になってくれないかな…」

 周りの誰もが嫌な顔をしてソッポを向いた。

「私がやるか…」

「安川、合議制で決めないと、皆んなに相談して…」

「あら、皆んな嫌って言ってるじゃない。こういう事はやりたい人が積極的に進めないと実行できない。そういうものよ」

「いや〜誰がやるってことじゃなくて、まず、そのイベントを採用するかどうかそこなんだけどな…」

 頭をかきながら止められない安川に見とれる。流石だ。実行力がある。やっぱソフィアだ。

「あ、もしもし、こちら県立御園中学です。林間学校でそちらの墓地をお借りしたいと思って連絡したんですけど…」

 と、その場で交渉に入った。

「ええ!ええ!」

 善治が勝てるわけがないよ。この実行力。説得力。全てにおいて上だと、つばさは確信する。誰もが眉間にシワを寄せる中で、肝試しとやらを描きながら、確実に事を進めていく、安川の逞しい後ろ姿をぼんやり眺めていた。


 外は茹だるように暑く、湿気を含んでいる。セミの鳴き声が少し変化して夏の終りを感じさせるが、まだまだ日差しは衰えず、誰もがグッタリと毎日を送る。そんな林間学校への出発の前日、新メンバーがこの町に到着した。


「篠田茜?って誰?なんでそんな格好で…」

 篠田茜は、明るい茶髪で、活発なイメージ。三人が感じる危なっかしそうな部類の奴。香椎とフランクに話す声が廊下まで聞こえていた。

「………」

「日本だぜ。あんなに審査厳しかったのに…俺がどんなに苦労したかお前たちだって知ってるだろう」

 つばさがあからさまに不満をこぼし、後の二人も納得の行かない顔をした。けれど、それを口にしてしまうには二人は知性が有りすぎた。

「ははん、要するにマトモな奴ばかりじゃバランス悪いって上が判断して、急遽もうひとり増やそうってことになったわけか。俺たちのレポートもまんざら空振りでもなさそうだ」

「あの…」

 散々あくたれつかれて頭に来ているはずの新メンバーの篠田茜が冷静に一歩前に出た。

「俺達のレポートを読んで焦ってるってことだよ」

「おい、もうやめろよ。着任早々そんな事をいうのはどうかと思うよ」

「なんで、政嗣はそう思わないの」

 政嗣は茜の顔を見て、

「どうも」と手を上げて、気まずそうに笑った。

 篠田茜がどんな奴だったか覚えていない。向こうで出会ったことがあるのかそれさえもわからない。向こうにいた頃の記憶を辿ってもこれと行って印象的な話は浮かんでこなかった。

 勉強は中の上らしい。真面目さは中の中。どちらかと言えば反骨精神旺盛な危なっかしい奴という設定らしい。香椎との会話から落ちこぼれとまではいかないが、秀才という分類ではなく、おしゃべり、声も大きい、 近づきたいとは思わないグループに属する印象だった。

 その茜が黙って、つばさの悪たれを聞いている。その静けさがやけに気味悪くて、凄みを感じさせなくもなかった。

「初めまして、優秀な人しか通用しない日本にこれて、身に余る光栄と感激しています。こんな私ですけど…三人の大先輩にご教授願って無難に過ごせるよう努力します」

「え…?」

 これはおかしいとつばさも黙った。

 皮肉屋なのかその口調。ちょっと賢そうでイメージが変わった。 

 考えてみれば自分たちも日本に来る前には隔離され長いレクチャーを受けた。その中で学んだ事を思えば、このつばさだって合格レベルまで上がってきたわけだし、もはや、見た目の印象とは違うなにかがあるのかも知れない。と善治と政嗣は感じた。

「いや、そんなふうに言われると…」

 政嗣はちゃんと挨拶しようと手を伸ばした。

「よろしく。まあ、あまり親しくは出来ないだろうけれど、色々事情もあるからね」

「よろしくお願いします」

 転校生としてあの教室で会うことになるとすれば、政嗣は常に冷静なタイプだから積極性を見せることはない。遠巻きに眺めているだけで親しい関係にはならないだろうなと自分の立ち位置を確認していた。

「明日から林間学校だろ、合流するのはそれが終わってからだな。ま、上手くやってくれ」

 不穏な空気を察知してか、ようやく香椎が口を挟んでそう言った。


「お前の気持ちがわからないでもないけど、あの言い方は失礼だろう」

 暗い夜道を三人で歩きながらつばさの態度を政嗣が注意した。

「後発なんだから、一人で知らない世界にやって来て…もう少し受け入れてやらないと今後に響くんじゃない」

「え〜突然だぜ。あの場で初めて会って受け入れるも何も、聞いてないことばかりだぜ。善治だってそう思ったんじゃない。どう考えても俺たちと上手くやるには人選が今ひとつだと思ったよ」

「ソフィアが好きだっていうお前の趣味からして、ちょっと違うかな。でも、演技なのかちゃんと話すと、印象違った」

「まあ、髪の色も、目の色も変えて篠田茜って日本人になってるわけだからね。本人はどういう奴なのか、印象と中身が違うのは当たり前だよ。うちの教育の賜物って、久しぶりにMr.是清を思い出してゾッとした」

「そうだな、あの先生にしごかれたら、誰でも日本人になれるか」

 今更そう合点するつばさに政嗣は呆れた。

「明日から林間学校だな。夏休みもいよいよこれまでか」

「楽しみにしててよ。イベント満載だからね」

 安川のお手並み拝見とつばさがほくそ笑んだ。

 政嗣はどっか引っかかる。何処かで会ったような気がする。でも、思い出すことは出来なかった。

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