ターゲット

 橋口は三人を見比べ、誰から手を付けようかと悩んでいた。いざとなると川園に決意表明した時の意気込みは消えて、三人ともガードが硬いように思われた。今まで長所ばかりを探し当てて感心していた橋口なのに今ではその逆で、何処かに突っ込みどころはないものかとあらを探しを初めていた。

「先生、どうされました」

「いや、どうも上手く行かないんだ」

「上手く、ですか」

「そう、近づこうと深呼吸する。すると気持ちが萎えて集中できないんですよ。何かに阻まれてるって感じなんです。これなんだと思います」

 そろそろ鈍感な橋口にも、闇結社ピーズのシステムが作用して来たらしい。

「さあ、あ、それより、これ見て下さい」

「え?何ですかそれ」

 川園が嬉しそうに差し出したものは、後期生徒会役員の募集ポスターだった。毎年恒例の選挙ポスター。

「下駄箱で美術部の生徒に渡されたんです。今年は例年になくいい出来だと思いますよ。この色使いにくいでしょ」

 と、経緯を話した。すると、橋口は大げさに後退りして、

「こ、これはまずいですよ。全校に張り出されたりしたら立候補する者が出てきちゃうじゃないですか」

 と言った。

「まあ、そんな事本気で言ってます」

 呆れる川園を気にもとめず、ポスターを邪険に扱ってどうやって三人に近づけるか、ああでもないこうでもないと考えていた。

 つばさはカッコ良すぎて運動音痴の橋口には近づき難い。善治は静かすぎてその硬い殻を押し広げるのは難しそうだ。

「やっぱり政嗣にしよう。あいつの真面目さに賭けてみよう。こっちから何かをすると言うより、自然な感じでそうなる方が良いと思う」

 橋口は今日の授業の終わりに政嗣に声をかけようと心に決めた。何かに凝り固まった橋口の熱意は三人のバリアを溶かして、思いを遂げることが出来るのだろうか…


 政嗣は今日も授業に集中している。どんな状況にあってもこの姿勢だけは変えられない。黒板と教科書を交互に見ながら、気がついたことをメモしていく。その流れるような動作は犯し難いものがあっておいそれとは近づけない。二宮金次郎のようなその崇高なる勤勉さは、他を寄せ付けない完成形だった。

「駄目だ、念力を送ろうにも僕のじゃ弱すぎる。気持ちが散漫になってとても届きやしない。こんな時ほど自分の未熟さが悲しくなることはないよなぁ」

 橋口の熱意もむなしく空回りするだけだった。

 その時、クラスの安川美波が政嗣に近づいた。

「これ、昨日気にしてたでしょ。家で調べてみたの。私も少し気になったから」

「え、『日本の古代国家形成における神との関わり方について』…。あ、昨日の日本史」

「君、先生に質問してたから」

「あ、ありがとう」

 安川美波の手から渡されたものは昨日疑問を感じた日本史の資料だった。思いがけない学習資料に政嗣は嬉しくなった。赤くなる政嗣の顔が橋口には新鮮に写った。女嫌いの政嗣にもこんな弱点が有ったのかと、勝手に誤解して安川を糸口に出来ないかと知恵を働かせていた。

「安川ちょっと」

 橋口が呼び止める。

「今の何?」

 何と聞かれて反射的に答える。

「日本史の資料です。昨日の」

「あ、そう政嗣のために調べたの?」

「何言ってるんですか、私が調べたついでに資料をコピーしたんですよ」

「ああ、そう」

「先生クラブ遅れるからもう行って良いですか?」

「ああ、クラブ何だっけ?」

「バスケです」

 そうか安川はバスケか〜と反復しながらコメカミの辺りがヒクヒク動くのを感じた。

「バスケ部なら、つばさと一緒じゃないか」

 安川の持つ二人への共通項は橋口には眩しいくらいのものだった。

「安川くん、君後期の生徒会やらないか?」

 政嗣のために用意してあったカラー刷りのチラシを安川に渡した。

「え…後期生徒会役員…」

 突然の変化球に安川美波も困惑した。


 偶然見つけた安川美波も、勉強大好き人間だった。子供の頃から何処に出かけるにも勉強道具を持って歩かないと落ち着かない。疑問を感じたことはその場で解決しないと気持ちが悪くて先へ進めないタイプ。

 橋口から『生徒会役員にならないか』と投げかけられた波紋が、美波の中で広がっていた。

「生徒会って何?」

 苦し紛れに暴投球を投げた橋口は思いがけないところで種をまいた。どう育つかはわからないが、とにかく美波の心を惑わし、新たな展開を引き出しそうな可能性を秘めていた。

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