派遣

 出発の日、それぞれの家庭から自家用車で空港に向かった三人は、すでに何処から見ても誰も疑えないほど日本人に姿に変えていた。

 ワールドカップにハマり、以来、毎日サッカーに明け暮れていたつばさの髪が少し陽に焼けて赤茶けてはいたが、そんな事は問題にもならない。完璧な日本人だった。

 三人は最後の訓練を担当してくれたMr.是清からパスポートを渡され、おもむろにページを開けると、半月前にパスポートを提出した時とは違う自分の姿を確認した。

 黒い髪、詰め襟の学ラン、堅苦しい顔をしたポートレート。飛行機に乗るためのこのパスポートは、依頼先の政府から発行された特別なものだった。

 すでに派遣何度目かの善治は、パスポートの中の自分を眺め、最初の訪問国アメリカでの事を思い出していた。

 まだ三歳だった。派遣期間は一年。送り込まれた先は余命一年の癌患者を抱える子供のいない老夫婦の家。かすかな記憶の中に蘇る幸福感。

 子供の善治に何かが出来るわけではないが、この時の派遣は、存在そのものが任務と言う、この国の人材派遣の最も得意とする分野で、穏やかな笑顔の可愛いベビーとして選定された善治は、毎日を子供らしく過ごすことで一年の任務を終えた。

 その派遣が良いものになるかどうかは、本人には全く責任が及ばない。それはサポートする大人の側に高く要求されることだった。

 派遣には国家的なニーズと個人的なニーズとある。目的に合わせ、ピーズ社は最も適任と思われるものを選び出し派遣依頼をする。

 依頼された者は、当然その目的と条件を考慮して断ることも出来る。しかし、基本的に柔軟に育てられた子供たちは、たいてい親の意見に従い断る者は少数だった。

 派遣事業はこの国の最大の外貨獲得手段である。資源の乏しいこの国では、人を育てるということに異常な執念を持ち続けて来た。

 三十年前に発表された人材育成プログラム計画のアウトラインが実を結び、今では有数の、能力も気力も充実した人材を豊富に抱えることに成功している。表の顔としても、他国への技術提携やソフト開発、人材派遣を積極的に行ってきた。依頼に応じ子供を他国に派遣するというビジネスも、それらの事業の裾野の広さを思わせる画期的なものだった。

 それだけに依頼主から示される目的は何度も検討され、その派遣に伴う影響や国の情勢、人物の照会、あらゆる情報をメインコンピューターが弾き出し、そのデータに基づいて引き受けるかどうか慎重に検討される。

 いわゆる国家規模の人材バンクで、秘密結社と言いながら、ピーズの極秘任務は他の国から高く評価されていた。

 今回の派遣は、周りのものに気づかれずに行われる、結社で言う「闇派遣」で、派遣者はその国の子供に同化するための成りすまし変装をし、周りの親や兄弟もそうと信じ込ませての侵入になる。

 そのため軽率な者より慎重性が求められ、これに符号しないつばさのことが最後まで危ぶまれた。

「では、行ってまいります」

 善治が生真面目に頭を下げると、つばさが嫌そうな顔をした。

「その頭を下げるのなんとかならないかなあ」

「君は、その訳を聞かなかった?」

 Mr.是清が笑いながら最後の仕上げのようにつばさに問いかける。

「はは〜」

 貢物を捧げ持つ格好をしてつばさが高く持ち上げる。

「そうそう、持ち上げられないものの時はこっちの頭を低くするんだ。どんなものにも理由がある。それを飲み込んでしまえば動作はついてくるというもんだよ」

 教官らしい真面目な餞別に三人は嫌な顔をした。

「ちょっと長くなるが体に気をつけて」

 始めての派遣を心配する政嗣の父親が、名残惜しそうに頭を撫でた。

 中学二年の三人は、高校も日本で過ごして五年後帰ることになっていた。三人ともまだ幼さが残っている。つばさはこの時身長が150センチに満たなかった。

 慣れていると言えば理解できるだろうか。子供の頃から派遣の任務についてあちこち飛び回ることの多いこの国の子供たちは外国に行くことに抵抗がない。むしろ選ばれることに誇りを感じ任務遂行のためにどんな努力もした。

 今回の「闇派遣」は珍しいが、大抵は自分のパスポートで出かける。一年のうちに何度も海外を飛び回り、パスポートが一杯になる者もいる。

 子供の頃から体が弱くこの歳になるまで一度も派遣を経験していない政嗣は、巨大なジオラマの中で、何時になったら任務地へ行けるのかと焦る毎日だった。首を長くして待ったこの日がようやくやって来たのだから、不安よりも期待のほうが大きかった。

 三人は、はたから見ればホームステイ先の親元から飛び立つように、今や国籍の違う親を前にして、別れの挨拶をした。空港という色んな言語が飛び交う非日常的な空間で、心のなかで新しい世界への期待を膨らませながら、親の手前少し悲しげな表情を作って見せた。

    

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