勘違いなレポート

 政嗣、善治、つばさは、自分たちが派遣される日本という国の、同世代の子供の実情をとことん知ろうと朝早くから夜遅くまで毎日図書館に通った。

 任務が決まれば、言語習得の訓練や生活習慣実習などたくさんのカリキュラムが、短い期間で効率よく習得できるように特別に計画されている。そのため、その間は通常の授業からは離れて三人だけの訓練が続いた。

 広大な敷地を有する潜入請負機構には、学校のほか、宿舎、体育館、各国のシュミレーションエリア、生活空間としての官舎、公園、大型ショッピングモールが本物の町のように点在する。ジオラマのような仮想の町並みは本物より本物らしさを追求して、製作者たちは各国に独自の情報網を張り巡らし、躍起になって新しい情報収集に神経を尖らせた。

 この一大世界公園は、大きさ精密さから被い隠すことは不可能で、あろうことかギネスブックに登録されてしまった。苦肉の策として、そのまま観光地として利用されてきた。年間世界各地からそれとも知らず多くの観光客が足を運び、本物とそっくりな町並みを楽しんだ。憎いほど世界に似せて写し取ったこのエリアは、テレビやマスコモにも取り上げられ今やこの国の莫大な観光資源として収益を上げることになった。

 図書館に籠もる政嗣の資料には判を押したように「日本の子供は勤勉」と書かれている。大人のしかも外国の目から見れば誇張ではなくそう見える事実なのか…どの本にもを似たような情報が繰り返された。

 DVDの中に映る情景は美しい。きちんと制服を着てにこやかに写真におさまる中学生。設備の整った体育館での一糸乱れぬラジオ体操。掃除の行き届いた廊下では、先生に挨拶する子供たちが爽やかに次々に頭を下げて通り過ぎる。

 キャプションにつづられた細かい生活のリポートが、現代の子供の観察記録としていかにも整然と打ち出され、意識の中に文字を刻んでいく。

 子供たちの作文を読んでもほとばしる学習意欲には眼を見張るものがある。成績優秀な政嗣、善治でさえこれは本気でかからねばと、腹を括ったものだった。

 なのに…仮想日本で完璧な訓練を終え自信満々で意気込んで乗り込んだ彼らは、日本に来て話とは大幅に違うこの現実に戸惑いを感じずにはいられなかった。

 訓練当時「勤勉」の二文字は、毎日の訓練の間、片時も頭から離れることはなく重くのしかかった。日本に来るための基礎的生活基盤として必ず達成しなくてはならない目標。日本人らしくなるための訓練の中で、彼らは非常に勤勉に頑張った。無理しなくても習得できる二人は良いとしても、つばさは、

「ホントにこんな子供いるかよ!」

 と呆れて弱音を吐き、何度も挫折しそうになった。ガリ勉ではなく普通にやっていれば自然に学習が身についてしまう努力の必要のないつばさにとって、真面目に取り組む振りをすることがこんなにも重圧になるとは思っても見なかった。

 やはり子供のことは子供に聞け。大人のリポートは良いところばかりを取り上げ、理想を追いすぎて過剰評価し過ぎ、あまりにも現実とかけ離れたものになってしまっていたらしい。確かにそんな子供もいるにはいる。でも大多数は、現実とは程遠い表現だった。

 三人のレポートを受け取る技術者たちは、日毎に明らかになる日本という国の著しい変化に驚き、益々三人の派遣の必要性を感じた。

 カリキュラムに沿って学習を終えた彼らは、何を間違って覚えてきてしまったのか、日々の生活の中で生じる様々な不協和音に悩んでいた。日本人の中にある「勤勉さ」は、ある時ずば抜けて素晴らしいものの、ある時は拍子抜けするほど適当で、やり過ぎれば何処からともなくブーイングが起こり、孤立してしまいそうだった。

 だからと言って任務に忠実な彼らが不良じみた真似もできない。とうぶんクラブに情熱を注いで日常生活に無関心を装いながら、軌道修正を図るしか手がなかったのだ。


 折しも、日本は太陽がジリジリと照りつける真夏に突入しつつある。四季のある日本では母国と違い夏は湿度が高くジメジメと暑い。気候のいい国に育った彼らにとって、本格的に辛い時期が始まろうとしていた…

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