三人の正体
彼らはしかし、髪も黒、瞳も黒でありながら驚くなかれ、実は日本人ではなかった。髪の色や目の色も簡単に変えられる技術を持った某国からの潜入者。
無口なのも、言ってしまえば偽装に限界があるからに他ならなかった。勉強や本で身につけられる知識は山ほどある。しかし、それをそつなく使いこなすのはた易い事ではない。時々トンチンカンなことを言って周囲を驚かせる度に、
「うけている」
などと単純に喜んではいられなくて、目立ってしまったと言う反省ばかりがつのり、なるべく静かにしていようという後ろ向きな回路になる。それが凝り固まって自信なさげな人格が出来上がっていく。彼らの任務はまさしく目立たないことが第一義であり。それに優先するものは何もなかった。
三人が人気があると橋口が踏んだのはまんざら的外れでは無かった。もとより人との諍いを起こすのを基本的に嫌ったし、何かに没頭していないと手持ち無沙汰でボロが出そうな気がするから、それぞれ人の事には目もくれずクラブに打ち込んで励む。その姿は周りから見ても好ましい姿だった。
その上女には見向きもしない。というよりこの三人は共通して相当な女嫌いらしい。そこがまた惚れた弱みか橋口には微笑ましいと思えるところとなった。
尻の軽い女好きな男は信用できない。それが橋口の持論だった。
元々、女嫌いが本来の性格だったのではない。その原因は、日本人に成りすまし潜り込んだ現在の家庭に大きな問題が有った。それぞれ強力な姉妹を抱えて、女といえば自分の姉貴、妹を連想してしまうから…
日本の女とはかくもうるさいものか、口では勝てない。手を出せば親から怒られる。そんな奴らに抵抗するにはシカトするしか無い。それがトラウマとなり、この国に来て短時間のうちに、すっかり女嫌いになってしまった。
適応能力の訓練では追従するものの無い高さを誇る世界的潜入請負機構、またの名を闇結社ピーズ独自の訓練の中に見落とされがちな家族のシミュレーション。特に兄弟姉妹の項目に三人は苦々しくチェックを入れた。こんなに国によって家庭環境が違うものかと、懐かしい家庭を思い、可愛い妹を思い出しながら今の自分たちの置かれた現実を腹立たしく思った。
「したたかな日本人の女という生き物に、戦いを挑んではいけない」と、つばさは備考欄に書き入れた。
そんな窮屈な生活の中でのつばさの唯一の生きがいはバスケだった。
毎日授業が終わるのを待ってコートに向かう。保菌者として世界中を飛び回る彼らにとってスポーツはコミュニケーションを潤滑にするための大切なツールだった。
どれだけ頭脳明晰でも、子供として存在する彼らにとって人と馴染むのには時間がかかる。スポーツなら世界中どこでも変わらぬ能力を発揮し周りとの協調を図ることが出来る。日本に来て背の伸びたつばさは、運動能力といい体格といいバスケに向いていた。
政嗣の得意なスポーツは水泳。無口な政嗣はコミュニケーションを必要としない黙々と体を動かす水泳が何より好きだった。平泳ぎで世界的記録を持っている。しかし、将来科学者の道を目指している政嗣は、この夏の大会を最後に大会からは引退しようと考えていた。その日までどこまで記録を伸ばせるか、今はそれに賭けることにしていた。
そんな二人に比べて将棋部に所属する善治は、運動に使う体力はないが頭脳プレイなら誰にも負けないと自負している。日本に来ることが決まって以来、一通りのゲームを体感した。日本が世界に通用するゲーム国と知って驚いた。そして、あれこれ克服するうち、意外にも古典的な将棋にはまった。
どこの国にも同じような遊びはあるもので知的好奇心を満足させるチェスやオセロも善治は得意だった。家族を離れ別棟に住む祖父のところに逃げ込むためにももってこいのアイテムだった。
子供の頃からIQのずば抜けていた三人は、焦る必要もないほどゆとりで勉強しながら、自分たちの中にある訓練された特殊能力を包み隠すようにひたすらクラブに打ち込んだ。
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