Last Dogfighter
正体不明の男に「ドッグファイト」を申し込まれて数日後、手続きは向こうが進めてくれたらしく。瞬く間にスケジュールが組まれていた。
僕はそれに向けて、しっかりと準備を整える。
使用機体は国産機の[EF-11]、退役が決まっている機種だ。
老朽化はしているが、整備士と共に最高の状態に整備した。
そして、今日。
訓練用の武装を装備して、指定された空域へと向かっていた。
あの男はどうやら、別の基地から飛んでくるらしい。
きっちり到着時刻が指定され、空中給油の予定まで組まれたフライトプランは初めてだった。
飛行前点検はこれまで以上に時間を掛け、予定通りに離陸。
指定されていた洋上の空域に到達した。
天候は晴れ、風はほぼ無風。分厚い雲が点在しているが、見事すぎるくらいの青空が広がっている。
ドッグファイトにもってこいな天気と言ってもいい。
――ちゃんとした模擬戦は初めてだな。
ちょうど今、訓練開始時刻になった。
甲高い騒音の中、無線に集中するが連絡は無い。
「こちらグッドガイ2-6、レオン。
指定されていた周波数で無線に呼びかける。
部隊のコールサイン、自分のTACネームを述べる……が、応答は無い。
周囲を見回すが、機影1つ見つからなかった。
計器類に目を落とし、情報を確認――周辺にデータリンクで連携している機体すら無い。
――もしかして、騙された?
武装は機体本体の機銃、胴下のガンポットのみ。
その条件を提示してきたのは、もちろんあの男だ。
これでもし、あの男が現れないなら……先輩方から大いに嘲笑されることだろう。
しかし、腑に落ちないこともある。
あの男のことを知っているパイロットがいた。
最古参のパイロット、今は編隊長を務めている先輩だ。
『アイツはクーガーだ、スペシャルだったが引退していたはず』
クーガー、スペシャル、その単語の意味はなんとなく理解できる。
国防空軍では、TACネームは厳密に管理されている。
特別、申請するようなことはしないが、名前が被らないように配慮がされているらしい。
そして、「
実際に『特殊任務飛行隊』というものが存在していたと聞いたことがあった。
最新鋭の機体と装備、歩兵の特殊部隊と同等のスキルを習得した精鋭パイロット、空と陸の場所を問わない任務――
〈クーガー〉というTACネームのパイロットは『特殊任務飛行隊』にいたのだろう。
復帰し、『特殊任務飛行隊』を再建するということなのかもしれない。
――なら、どうして僕のところに?
特殊作戦ならストライカーの方が向いている。
空中で静止することができるし、精密射撃もできる。ミサイルや爆弾は装備できないが火力は充分だろう。
つまり、
――もしや、僕は冷やかされたのか……?
ならば、これほどスムーズにフライトプランが組まれるのはおかしい。
あの男が現れて以降、僕がやること全てに許可が通り、誰も邪魔しなくなった。
どう考えても、普通じゃない――
時刻を確認するが、空中給油まではしばらくある。
この空域に留まっていても、海を眺めるくらいしかすることがない。
なら、予定を繰り上げて帰投してしまおうか。
ふと、後方確認用のミラーが気になった。
景観に変化は無いが、何かが映り込んだような気がした。
――妙な感じだ。
洋上、分厚い雲が多い、高度制限や電子支援を受けられない。
そんな環境で模擬戦をするならば、どのような状況が展開されるだろうか。
――僕だったら……!
スロットルを入れ、操縦桿を引く。
刹那、光弾がキャノピーを掠めた。
――攻撃!?
旋回しつつ攻撃してきた方を見る――が、敵影が真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「合図無しに撃ってくるなんてっ!!」
『――実戦では、敵は待ってくれないものだ』
――
青い機体が上昇に転じ、旋回。
こちらに機首を向けようとしていた。
――あれは……まさか!!
「EF-21」または「EYF-X」という型式番号を持つ機体。
次世代可変戦闘機の概念実証機にして実働機。まだ稼働機があったとは驚きだ。
「――
『――
敵機に機首を向けるように旋回。
[EF-21]の正面がはっきり見えた。その胴下に吊られたガンポッドが僕を狙っているに違いない。
スロットルを限界まで入れて、アフターバーナーを点火。
加速によるGを感じつつ、青い機体を目で追う。
そして、互いに攻撃する間もなく2度目の交差。
高速ですれ違い、キャノピーが震える。
主翼やフレームが軋み、Gのせいで息苦しくなる。
――まだまだやれる!
青い機体を追うように旋回、向こうも同じようにこちらに機首を向けようとしている。
3度目の交差――シザースと呼ばれる状況だ。
このまま何度も交差していく間に速度差が現れ、どちらかが背後を取りやすくなる。
しかし、僕はこのまま待ってやるつもりはない。
アフターバーナーを停止、機体の傾きを変えて上昇に転じる。
上昇で速度が落ち、相手が
緩旋回しつつ、青い機体の探す。
しかし、想定していた位置に機影は無かった。
――ど、どうして!?
辺りを見回すが、影1つ見当たらない。
交差した後に上昇していた数秒間、それだけで僕の死角に入り込むのは難しいはずだ。
――落ち着け、いるはずなんだ。探し出せ……!
しかし、その肝心のセンサーやレーダーは相手の位置を伝えてはくれなかった。
パニックになりそうな思考を、深呼吸をして落ち着かせる。
ここで焦ってしまえば、後手に回ってしまう。
いや、既に後手かもしれない。それでも備えることくらいはできるはずだ。
――この状況、
ここは洋上。つまり、地形に潜むことはできない。
上空には分厚い雲。飛び込めば
隠れるなら――――そこしかない。
機体を水平状態に戻し、上空の積雲を警戒。
センサーのモードを切り替え、全周囲スキャンモードを選択。索敵距離が短くなるが、死角はほぼ無くなるはずだ。
――来るなら、来い!
操縦桿を握り直し、大きく深呼吸。
頭上から降り注ぐ光に目を細めながら、景観に集中する。
――雲の中に機影!
白い雲から機首の鼻先が飛び出した瞬間、閃光が瞬くのが遠目に見える。
それは、射撃だ。
操縦桿を引き、急旋回。狙いから逃れるために進路を変える。
距離もあるし、何度も撃ってくることは間違いない。
だが、これはあくまで牽制のはずだ……
向こうが撃ってきた弾は掠りもしない――と思っていたが、数発が主翼に当たって跳ねる。
すると、1発が垂直尾翼に命中したようだ。
衝撃、鈍い音、警報、ヘルメットのバイザーに現れる被弾警告。
僕は精一杯振り向くようにして、後方にある垂直尾翼を直接見た。
キャノピーに頭を抑えられながら、辛うじて見えた尾翼には……風穴が空いている。
――模擬戦用の
『――どうした、今更怖くなったか?』
「まさか、これは……」
背筋に冷たいものが駆ける。
たしかに、洋上で
武装は機銃とガンポッド、訓練なら曳光弾だけだと僕は思い込んでしまった。
『――これは実戦だ』
――実弾かよ?!
変わらず、
このままでは、文字通りに蜂の巣になってしまうだろう。
「僕を、殺す気ですか!?」
急降下して速度を稼ぎつつ、距離を詰める。
相手よりも高度を下げた方が撃たれにくい。懐に潜り込んだ敵を撃つには急旋回する必要があるからだ。
的確に攻撃するとしたら、Gによる負荷を受け入れるか、機速を抑える必要がある。
クーガーというパイロットはそれほど若くないはずだ。
ならば、耐G能力と体力は僕の方が上に決まっている。
『――問題児のパイロットと廃棄予定の機体が海に沈んだところで、誰も気にしたりはしないさ』
――冗談じゃない!!
このままでは模擬戦という名目で殺されることになる。
空で死ぬのはロマンがある気もするが、正体不明の男に殺されるのは恥に違いない。先輩方にずっと笑い話のネタにされ続けるだろう。
――ここで散るわけにはいかないッ!!
緩やかに上昇。ゆっくりと高度を上げていく。
青い機体がこちらに向かって旋回し始めた。
このままでは無駄に撃ち込まれる。さっきと同じ展開を繰り返すだけだ。
あえて、こちらも機首を向ける。
距離的には命中弾、致命弾と判定されるような攻撃にはならないだろう。
それでも、撃たなければ――撃たれる。
トリガーを引く。
重々しいモーター音、視界の端に映る
現実のコクピットは、迫力と情報量がフライトシムとは比べものにならない。
それを楽しむ余裕は微塵も無かった。
彼方に飛んでいく光弾、それに反応するように青い機影の動きが大きく揺らぐ。
――今だ!
スロットルを限界まで叩き込み、アフターバーナーを使用。
急加速し、接近を試みる。
現状の距離では曳光弾が当たらない。
撃たれる危険を冒してでも、接近しなければ勝ち目など無い。
加速Gと共に、レーダーが算出する相対距離がみるみる減っていく。
右に、左に、と切り返すような動きをしている青い機体。
こちらに攻撃する暇を与えないために、トリガーを引いて何度もガンポッドを撃ち込む。
相手はこちらの弾切れを狙っているに違いない。
だが、撃ち続ける限りは向こうも回避に専念するしかないはず――
距離が詰まり、遠かった機影の細部がはっきり見えるほど接近していた。
[EF-11]に次ぐ、高性能国産機を目指して開発された[EF-21]は[EF-11]に近いシルエットをしている。
その性能は――雲泥の差だ。
再度、照準を青い機影に合わせる。
こちらに上面を向けている機体、その鼻先に狙いを定めようとした瞬間――その機体がシルエットを崩した。
大きく後退――減速して、照準から逃れた青い機体は航空機の形状から腕や足が現れ、やがて人型になった。
大きなバックパックを背負うようなシルエットは[EF-11]が確立したスタイルだが、[EF-21]は少し違う。バックパックのように見えるエンジン部に角度が付いているというだけで、空中での機動性が大きく向上したのだ。
青い人型になった機影が胴下に下げていたガンポッドを小脇に抱えていた。
そして、それをこちらに向けている。
――マズい!!
人型形態は精密射撃が出来るし、急回頭ができる。
適切なスロットルワークができれば、その場に留まるようなことも可能だ。
反射的に操縦桿を引く。
強烈なG、それを警告する警報、硬直する身体。痛みと焦りで呼吸が出来なくなる。
視界がかすみ、瞼が重くなる。
気を失いそうになるが、敵機からのロックオンを通知する警報の音のおかげでなんとかコクピットに意識が縫い止められた。
急旋回後、敵機に背を向ける形になった。
後方から発射された機関砲弾は機体を追い越し、命中したとしても跳弾して彼方に消える。
運が良かったらしく、致命的なダメージは無い。
Gによる圧迫から楽になりたくて、無意識にスロットルを緩めていたらしい。
機速が落ち、ゆっくりと高度が下がっている。
このままでは、逃げることも、反撃に移行することもできない。
再びスロットルを入れ、機体を加速しようとした瞬間。
ヘルメット内のヘッドギアから警報が流れた。同時に、バイザーに
クーガーはあの後、すぐに変形して追ってきていたようだ。
――このままじゃ、ダメだ!
何をするにも速度が足りない――ならば、高度を犠牲にして速度を稼ぐ以外の手段は無い。
スロットルを最大まで入れ、アフターバーナーを使用。
機体を反転、天地がひっくり返った視界のまま操縦桿を引く。機体の鼻先が真下に向いた。
眼前に広がるのは、一面の紺碧。
僕は今、海に向かって最大加速で
加速Gによる息苦しさと圧迫感、本能的な恐怖、後ろから向けられている殺意。
処理しきれない感情と感覚が、思考をパンクさせようとしていた。
このまま戦っても、勝てないことはなんとなく理解している。
短い間で、あのクーガーというパイロットの技術や経験が伊達ではないことを肌で感じた。
機体の性能差、僕の状況認識、練度、あらゆる点で劣っている。
操縦桿から手を離して海面に激突してしまうか、抗った末に撃墜されるか――どちらにしても、僕は死ぬだろう。
でも、操縦桿やスロットルから手を離せない。
操縦桿を引く。
襲いかかってくるGに耐え、重くなる瞼を気合いだけでこじ開け、肺が圧迫されても呼吸しようとする。
それは、死にたくないからじゃない。
――負けたくない。
色を失っていく視界の中で、僕は機影を探す。
操縦桿を引き、フットペダルを蹴り飛ばし、追ってきた相手に武器を向ける。
警報の音も遠く、ぼやけた視界のせいで自機のステータスすら読み取れない。
苦しい、辛い、逃げ出したい、楽になりたい――――この状況に屈してしまえと、僕の中に弱音が生まれる。
だが、僕は回転数の落ちていく思考を放棄。
――考えても無駄だ。
急旋回で失速したせいで、コントロール不能になりつつある。
そんな中、上方にこちらに機首を向けようとする機影。
群青色の機体が、今は真っ黒にしか見えない。
――どうせ殺されるなら……
高度が落ち、海面が視界の端に映る。
それでも、操縦桿を引くのを止められない。
――勝ちたい!!
微かに見える
痺れたように指先の感覚が無くても、僕は精一杯の力を指に込める。
今にも瞼を閉じてしまいそうな視界、途切れかけた意識の中で、僕はトリガーを引いた。
モノクロの世界を駆ける光の矢、それは照準で狙った先へと飛んでいき…………漆黒の翼に当たって、弾けた。
そこで僕はもう限界を迎えたらしい。
落ちてきた瞼に耐えられず、視界は闇に落ちる。
音も、光も、何も感じない――――虚無。
――僕は、死んだのか?
失速して海に墜落、もしくは反撃されて撃墜。
だが、どちらにしても、どうでもよかった。
最後の光景が瞼の裏に焼き付いたように、すぐに思い出せる。
僕はたしかに、クーガーの機体に命中させた。
特殊飛行隊のパイロットなら、腕前は
――僕は、やった。
誰がなんと言おうと、僕はドッグファイトで勝った。
トレーニング、研究、時間、全ては無駄じゃなかった。
それを証明できただけでも、大満足だ。
それに、どうせこのまま引退だ。
どうせ、大したことにはならないだろう。
――まぁ、死んだ僕には関係無いか。
身体の感覚が希薄だ。
死ぬというのは、案外寂しいものなのかもしれない。
走馬燈や死んだ家族が語りかけてくるとか、そんなものを想像していたが、実際にやってくる死というのはあっけないものらしい。
あとは、ずっと虚無をさまようしかないのだろうか……?
しかし、それは束の間のことだった。
瞼の隙間から光が差し込んできて、警報や騒音が入り込んでくる。
それはつまり……僕はまだ、生きてるらしい。
すぐに瞼を開け、スロットルを緩める。
操縦桿を握り直し、水平飛行へと戻った。
どうやら、気絶していたらしい。
意識を失っていても操縦桿を手放さなかった自分を褒めたいくらいだ。
速度を調節し、ゆっくりと操縦桿を引く。
高度を上げると、どこからか青い機体が飛んできた。
そして、僕の右横に並ぶ。
傷だらけのキャノピー越しに、向こうのパイロット――クーガーの姿が見える。
距離があって、さすがに顔までは見えない。
機体と同じ青色のパイロットスーツを着ていることだけはわかった。
『――悪くない、良い腕だ』
荒い呼吸を整えながら、男は話す。
Gに揉まれたのは僕だけじゃない。あの男もまた同じように苦しんでいたはずだ。
だが、僕には一言も発する余裕は無かった。
『……この後はフライトプラン通りに飛んで、帰れ。わかったな?』
僕は返事ができない。
代わりに、大きく頷いて見せる。
それが見えたのか、青い機体は急上昇するようにして僕を追い抜いていく。
雲を裂き、
青い空に負けないくらいに、深くて、濃くて、青の中に存在感を示す蒼。
その影のような翼を、僕はずっと目で追っていた。
特殊飛行隊――ずっと、この国を守っていた精鋭パイロット。
僕はそんな人に勝った……ことになるのだろうか?
しかし、僕の戦い方は理想からほど遠い。
機体の性能も、セオリーも、全く活かせてはいない。
それでも、僕は気持ちだけで勝てた。
いや――あの男が手を抜いてくれた部分もあるだろう。
この模擬戦とはとても呼べないような1戦で、僕は確かに手応えを感じていた。
今なら自信を持って言える。
――僕は、ドッグファイトで勝つことが出来るパイロットだ。
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