Last DogFighter

柏沢蒼海

Lost Wings

 写真と勲章、そうした過去の栄光が壁一面に飾られている。

 どこを見てもそれが目に入ってしまい、僕は憂鬱になった。


 ここは応接室、客人に部隊の威厳を見せつけるだけの部屋。

 そこに僕は座らされていた。


 呼び出される理由はいくらでも思いつく。

 実戦部隊でないのにも関わらず訓練飛行で格闘戦ACMの真似事を始めたり、他の部隊が使っているスポーツジムを勝手に利用したり、撤去予定のフライトシミュレーターを毎日のように使用したり……


 叱責を頂くのは、何度目か数えていない。

 『お前は真面目だから』『夢を諦めきれないのはわかるが』と先輩方は言う。

 

 だが、彼らはわかっていない。

 僕は、ただ飛ぶだけではダメなんだ。


 ――僕は……ただ――――



 不意にドアが開いた。

 ドアの蝶番が悲鳴を上げる中、ブーツの音が応接室に響く。


 部屋に入ってきた男が向かいの席に座り、手にしていた書類ケースをテーブルの上に置く。




「待たせたな」



 男は知らない顔だった。

 白髪の多い頭髪、痩せこけた頬、独特な形状のサングラス……健康そうには見えない。


 サングラスの奥には鋭い眼光。それが僕に向けられたのがわかった。



「自分が何か……?」


 男は鼻で笑う。

 口元で笑みを作り、今にも皮肉が飛び出しそうな表情を浮かべていた。


 僕は深呼吸をして、男を観察する。

 首回りは太く、肩もがっしりしている。腕や足も太い。後方勤務の士官では無さそうだ。

 かといって、ただのパイロットではない――もちろん、そのパイロットというのは戦闘機パイロットとは違う。


 ――何者だ?


 警戒しているのが伝わってしまったのか、男は声を殺すように笑う。

 そして、話を切り出してきた。



「ユウキ・シラギ少尉、君はここで満足しているか?」

「――いいえ」


「展示飛行部隊、大好きな可変戦闘機レイダーを飛ばすことに何の不満があるんだ?」

 

 僕は小さな頃から戦闘機が好きだ。

 本、ゲーム、映画、あらゆるものに登場する戦闘機を追い続けてきた。

 ゲームセンターのゲームで最強を目指したり、映画やマンガで空戦のイメージトレーニングをしていた。


 僕は、ドッグファイトがしたい。


 Gに揉まれ、意識を失う寸前まで限界を競う空戦を――僕は求めていた。



「――君の経歴を調べさせてもらった」

 男は書類ケースを開き、僕の顔写真が添付された資料を見せつける。

 そこには僕の全てが書かれていることだろう。


 だが、男はそれを読み直さずに書類ケースを閉じる。



「士官学校ではなく、飛行訓練校に進学。ストライカーパイロットになって、散々危険行為を繰り返す――」


 事実だ。

 ストライカーという後発の機動兵器は、空中戦ができる代わりにあらゆる点を自動化してしまったのである。

 だから、その戦い方も同じようにになってしまう。



「――異常接近、高速での交差、失速を伴う危険な機動、執拗な攻撃と追尾……お前、大人しそうな顔をしているわりに無茶ばかりしているな」

 男が淡々と、違反内容を読み上げていく。


 ――コイツ、何者なんだ?


 よく見ると、服装は内勤用の制服ではなく。待機時に着用するジャンプスーツだ。

 だが、階級章やネームパッチも見当たらない。

 所属部隊を示す部隊章すら付いていない。本当に軍に所属しているのかもわからないことになる。



「だが、そこが気に入った」


「……どういう意味でしょうか?」



 僕は今、イベントの際に展示飛行をするだけの部隊にいる。

 それは左遷だ。危険行為ばかりしているパイロットを除籍するのは容易い、ここに転属させられたのは見せしめに近い。


 上官達えらいひとの御機嫌を損ねると、リストラされる――という同期たちへのメッセージ。

  


 そして、展示飛行隊は退役予定のパイロットと機体が集められていた。

 ちゃんとしたエアショー部隊ではなく、演目があるわけでもない。ただ言われたとおりに真っ直ぐ飛んで、基地に戻ってくるだけ。


 だから、戦闘訓練なんてあるわけがない。



「お前はずっとに興じてきただろう。そろそろ、ちゃんとした訓練を受けてみたくはないか?」


 男が不敵に笑う。

 

 今の国防軍に可変戦闘機レイダーで実戦機動が出来るパイロットがどれくらい残っているのだろうか。



「受けられるものなら」


「自信満々だな。たしかにここにいる連中は腑抜けばかりだ、よく腐らずに続けられた」


 ――それにしても、この男は何者なんだ?


 何の前触れも無く現れ、偉そうに話し掛けてくる。おまけに所属を明かす様子も無い。

 そこに違和感があった。



「その目だ」


「――は?」


 男は書類ケースを放り投げる。

 それが部屋の隅にあったゴミ箱へ、スムーズに落ちた。



「お前は鷹の目ホークアイの持ち主だ、私はそうしたパイロットを探している」

「――探す?」


「そうだ、私は可変戦闘機レイダーの戦闘部隊を再編することを命じられている」


 ――そんな馬鹿な、そんなことありえない!


 どこの軍隊でも可変戦闘機レイダーはストライカーに置き換わっていて、我が国が唯一残っていると言っても過言ではない。

 それなのに、時代遅れになった戦闘機そのものを復活させる……どんな茶番なのだろうか?


「それは――」

「――ああ、わかっている」


 男はサングラスを外す。

 眩しそうに目を細めるが、その緑色の瞳が僕をしっかり捉えていた。


「私の勘が、君を欲しいと言っている――」

 また、笑みを浮かべる。

 釣り上がった口角に、僕は何故か――期待を抱いてしまう。





「――証明してくれ」


 男の口が、舌が動くのがはっきりと見える。

 そして、その続きの言葉を――僕は、ずっと……待っていた。









「私と、ドッグファイトをして見せてくれ」

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