22日目(月曜日 仮)薪ストーブの部屋の朝「海の方」
朝、珍しく、ベッドの背もたれがせり上がる前に私は目覚めた。
時計が相変わらず無いから時刻はわからないが、雪が降る季節でこの薄明るさなら、経験上、6時半頃ではなかろうか。
いや、日本列島は、南北にも東西にも長いから、外が明るくなったり、暗くなったりする時間も、地域によって様々で、30分から1時間くらいの誤差があるんじゃなかろうか。いくら、推定、日本海のすぐそばで住んでいるといったって、北は北海道から、南は九州まで日本海は存在する。福岡だって、佐賀だって、大雪の年はあるだろうし、此の地が北の方だという根拠として積雪量は全く当てにならない。
今朝は、降雪もなく、時間と共に、陽射しが出てきて、庭がキラキラ輝き始めた。
私は、いつもの通り、小屋で薪割りをするために、海が見える方の窓を開けて長靴を履いたが、思う所があって窓のへりに腰を掛けて遠くの海を眺めた。晴れている日は、海の上にある空が夕焼けになったのを何回か見たことがあるからこちらの方角は西向きのはずだ。ただ、海に沈む太陽は一度も見たことが無い。
一方で、長いソファの後ろにある大きな窓が南方向。南側の庭の先には、生い茂った常緑樹が立ち並んで、その後ろには、常緑樹の背よりも1~2m高くコンクリートの壁がそびえ立っている。海に沈む太陽が見られないのは、きっと、このコンクリートの壁のせいだと思っている。
私は、小屋の方ではなく、海の方に向かって雪を踏みしめて道を付けながら歩いた。西の方角はコンクリートの壁が無いから遠くに海が見えるのだが、庭の終わりから先がどうなっているか今まで確認したことがなかったことを思い出したのだ。
ザクザクと音を言わせながら歩みを進めると、此処が庭の終わり、という所まで来た。其処から先は、急な崖みたいになっていた。しかし、崖と言っても、ごつごつした岩があるのではなく、背の低い松の木が密集して下まで続いていた。海と崖の境目がどうなっているかは、松の木のせいで確認できない。また、この崖の傾斜と密集した松の木では、自力で此処を降りて行くのは不可能だろうと思った。
庭の終わりから海の方を見降ろしていたら、スティーブ・マックイーンとダスティ・ホフマン主演の「パピヨン」という昔の映画を思い出した。
終身刑が下された主人公が南米ギアナにある監獄に送り込まれ、何度も脱獄を試みる話だ。最後まで脱獄をあきらめなかったパピヨンと、度重なる脱獄失敗を受けて死ぬまで島で過ごすことを決意したドガが好対照だが、私は今のところ崖下の海を見下ろしながらも背中を向けたドガのようなものだな、と思った。ただし、ドガは自分の庭で豚を飼っていたはずだ。私には生き物は与えられていない。
当たり前だが、何度見直しても、映画のストーリーは同じだった。でも、どうにかならんものか…と思いながら何回か見た映画だった。
自由な時間を与えられた不自由な此処の居住者に、せめて、海くらいは見せてあげよう、という設計者の思惑が感じられた。私が褒めてもしょうがないが、よく考えられている設計だと思う。
まあ、よい。22日目にして、初めて敷地外が気になって、そして、それを確認したのだ。
私は、そう思い直して、小屋に行き、25本の薪を割って、部屋に戻った。
白い服に着替えて朝食を、と思ってビリヤード台のある空間に行ったら、筆ペンと、毛筆と、障子紙と定規がラシャの上に置いてあった。
黒井さんが届けてくれたんだろうと思った。
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