3週目
14日目(日曜日 仮)薪ストーブの部屋の午後「二度目の黒い服の男」
午後に、白い部屋に入っても、私はいつもよりも落ち着かなかった。
この白い部屋に入る前までに、黒い服の男の訪問は無かった。
ということは、先週の日曜日と同じように、そして、水曜日のあの清掃員のように、この白い部屋からの帰りのタイミングで会えるだろうか…
会えたら、私の質問にあの男は答えてくれるだろうか…
そんなことをつらつら考えていると、サウナから早く出て冷たい生ビールを飲みたい! いやいや、まだだ。まだ我慢… そんな感情とほぼ同じような気持ちになっていることを自覚した。
いつもなら、30分くらいは白い部屋に居るのだが、今日は、おそらく、もう少し早いタイミングで私は白い部屋を出発した。
ビリヤードの部屋までの道中、やはり、私はいつもよりも速足だったかもしれない。
そして、最後のドアを開けると、黒い服の男が、今日も、黒い服を着て、9個のボールをブレイクするためにラックで整えていたところだった。
「こんにちは。食材を届けてくれているのはあなたですね。ありがとうございます」
ドアを開けて彼の存在を確かめるとすぐに私はそう言った。
黒い服の男は、ラックで9個のボールを菱形に整えることに集中しているのか、私の方には顔を向けなかった。
「ええっと、食材なんですが… カット野菜とかカットされた果物とかもありがたいんですけれど、私が好きな大きさで調理できるように包丁やまな板があると、なお嬉しいんですが…」
ここ何日か掛けて考えていた台詞をつっかえないで私は言ったが、黒い服の男は、私の問い掛けに全く意に介すことなく、9つのボールを見据えながらキュー先のタップにチョークを付けていた。
男は、まもなく、ブレイクライン左側から手球を撞いて9つのボールを散らばしながら2番と4番と7番の3つのボールをポケットインさせた。
「あの~ 電気シェーバーはあるんですが、剃刀とシェービングフォームがあると、なお助かるんですけど…」
先程よりも遠慮がちの声量でそう言っても、黒い服の男は、狙う1番ボールと次に撞く予定の3番ボールを見比べてから、撞く構えに入った。
反射角20度くらいの1番ボールをポケットインさせた手球は、短クッションに1回入ったが、おそらく、手球を撞くときにひねりを入れていたのだろう、通常の撞き方では現れないカーブを描きながら2つ目の長クッションに入り、そして、次の3番ボールが狙えるちょうど良い位置まで転がっていった。
「時計とカレンダーがあると、時間の見通しが持てて助かるんですが…」
最早、私の発した質問は消え入りそうな声量だった。
黒い服の男は、3番、5番、6番、8番、と次々にポケットインさせて、反射角30度くらいの最後の9番も静かにポケットインさせた。
ショーンのキューをラシャに静かに置いた黒い服の男は、ストールに掛けてあったアウターを着て出て行こうとしたので、「また、来週も食材を届けてください。お願いします!」と半ば後追いしながら慌てて私はそう言った。
すると、黒い服の男は振り返り「本は読んでいるか?」と言葉を発した。
「あ、あ… いえ、読んでません」
思わぬ男の発声に驚きながらも、私はやっとの思いでそう答えた。
「本を読め」
それだけ言うと、黒い服の男は黒いドアを開けて出て行った。
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