第18話 コードファイター
食事が終わったので取り敢えず食堂の扉から出る。この後如何しようかな。部屋に戻っても良いけど……
などと考えながら廊下をほっつき歩く。と、曲がり角の向こうでかたん、かたん、とした規則的な音が聞こえてきた。
丁度進行方向だったので何の音かと思いつつ近付こうとすると、がったん、と一際大きな音と「うっわ⁉︎」と叫び声とが聞こえた。同時に何かが散らばる様な音もしたので、慌てて音の出所へと走って行く。
「何何、大丈夫? ……って」
「っでぇ畜生……あ、げ、元帥⁉︎」
角の先には、散乱したペットボトルと、すっ転んだ様子の加賀くんが座っていた。彼の左足には白いギプスが施されている。松葉杖で立つのに苦戦していたので、取り敢えず肩を貸してあげた。
「ありがと、元帥。この間もお世話になりました。体の調子とか大丈夫?」
「や、僕全然平気だけど……君達の方がよっぽど酷いでしょ? 平気なの?」
「
彼は松葉杖を持ちながらも器用に肩を竦めてみせる。上手いこと立てた様なので先程落としたペットボトルを手渡すと、簡単な礼と共に「そうだ、」と加賀くんは声を上げた。
「元帥、暇?」
「あー、そうだね。かなり暇」
「かなりなんだ。じゃ都合良いね。
あのさ、一寸頼みたいんだけど、鳳翔さんの所行ってきてくれない?」
鳳翔さん、か。彼がどうかしたのだろうか。
「良いよ。鳳翔さんにもお礼言っておきたいし。でも何で?」
「鳳翔さん、最近元気無さそうでさ。明石も心配してるんだけど、でも私達が尋ねても答えてくれないんだよね。だから元帥にまで訊かれたら何か聞けないかな、と思って」
「あー、成る程ね。良いよ良いよ」
「ありがと。多分此処曲がってちょっと行った小部屋、て言うか図書室で作業してると思うから。でも直ぐ気付くかなあのひと……」
そう言いつつ、彼は松葉杖の先で角の先の通路を指す。また転ばないで欲しいものだが……
「ん、了解。行ってみる」
「ごめん、居なかったら其れで良いから。じゃ、私そろそろ戻るね。余り部屋の外ふらふら立ち歩いてたら明石に怒られるんだよな……」
松葉杖を下ろして突き直すと、加賀くんは踵を返そうとした。と、ふと彼は振り返って「そうだ元帥」と僕に呼び掛ける。
「先程の私の醜態は、くれぐれも、くれぐれも赤城に言わないように」
目が本気だった。
「失礼しまーす……鳳翔さん、居る?」
取り敢えず、加賀くんに言われた通りの部屋まで辿り着く。だが、返事は無い。
加賀くんは居なかったら良いとも言っていたけれど、僕も鳳翔さんには会いたいので少し待とうかな。そう思って扉を開ける。
食堂よりも重い戸を開く。室内は思ったよりも暗かった。そして鳳翔さんはおろか誰も居ない。僕が言うのも何だけど、皆本読まないのかな。こんな立派な図書室なのに。
中には幾つも机が置いてあった。扉から少し奥の方にある机の上に、写真が何十枚も散乱しているのを見つけた。
勝手に覗くのは悪いかなぁと思いつつ、つい気になって手に取ってしまう。まぁ、ほら、片付けも兼ねて、ね……
「わ……」
軽く束に纏めてから拝見し始める。一番上に有ったのは、まだ幼さの残る大和くんの写真だった。彼の横には鳳翔さんが、少し奥には間宮ちゃんも写っている。
二枚目の、此れは……赤城くんと長門くん、だろうか? 愛想の良い笑顔で写っている長門くんに対し、隣の赤城くんは酷く迷惑そうな顔をしている。だからなのか、心なしかふたりの距離が広い。て言うか、長門くんより赤城くんの方が背が高いんだ。
三枚目には、一番手前に山城くんがいる。彼の奥隣に扶桑ちゃん、然り気無く写り込んでいるのは榛名くんかな。こうやって見ると、扶桑型って、やっぱり不安定なのかもな……榛名くんの姿勢が凄く良く思える。
そんな感じで、一枚また一枚と見比べていく。何れも此れも、仲の良さそう(じゃ無いかも知れないが)な感じの表情や、素晴らしい程のキメ顔で写っている物もある。僕の手の中に有るのは、艦乗り達の日常だった。
そのままぱらぱらと写真を捲っていく。しかし、二十枚ほど見た辺りだろうか、とある一枚で「……え」という意図せぬ呟きと共に手が止まった。
僕が手に乗せているのは、炎上している艦。唯の、ふね。
炎と黒煙が激しく噴き出しており、大穴の空いた飛行甲板が痛々しい。艦乗りの写真じゃない。だけど、此れは。この風景――
衝撃を打ち消す為、次の写真へと勢い良く移る。だが次の写真も、酷く傷んだ艦そのものだった。
空襲を受け、必死に旋回する艦。遠くに見える、艦首を没し始めている艦。大きく傾き、もう復旧の見込みは無いのだろうか、乗員が甲板上に集まっている艦。そして、港を背に砲塔を振り上げながら着底している艦。
全て、酷く痛々しい。誰が集めたんだろう、こんなに。こんな、悲鳴の様な写真を。誰が、何で、こんな事――「何をなさっているのですか?」「っ!」
背後から耳元で囁かれた。いつの間に此処まで近付かれたのだろうか。驚きつつ声の主を振り返ると、図書室の薄闇の中、何処か寂しげな目をした鳳翔さんが立っていた。
「……酷いお方ですね。ひとの写真を勝手に覗くのはいけませんよ」
「ごめんなさい……」
「ふふ、なんちゃって。冗談ですよ。どうせ貴方に見せようと思っていた物ですから」
そう微笑みつつ、彼は散らばる写真を手際良く集めていく。流れる様な動作で僕の手からも取ると、「座りましょうか」と促す。其の言葉に釣られて、僕は鳳翔さんの前に座った。
「鳳翔さん。其の写真は」
「……あのこ達ですよ。お判りでしょう?
肩を竦め、事も無げに彼は言う。如何してそこまでするのか僕には分からない。いや、理屈の上では分かってるんだ。だけど、心の奥底、“僕”には理解が出来ない。
【馬っ鹿みたい。ふねだって、代えが効くのに】ずきん、と、頭が痛んだ。違う、代わりなんて有るもんか。名前を戴いたふねは、唯一無二な筈だ。
軽く頭を押さえてしまう。そんな僕の様子を伺うと、鳳翔さんは此方にすっ、と写真の束を差し出してきた。黒煙を上げるふねの写真を。
「ああ……矢張り。総司令。この写真、
見覚えが有りませんか?
否、見覚えなどと言う不明瞭な物とは違いますね。此方の写真を、彼を、
「…………」
何も口から言葉が出て行かない。頭痛は酷くなるばかりだ。黙ってしまった僕を尻目に、鳳翔さんは質問の続きを言わんとして再び口を開いた。
止めてくれ、鳳翔さん。言わないでくれ、僕に知らせないでくれ。僕が
「だからこそ総司令に、“貴方”に見せたかったのです。もう思い出しましたか、総司令。……いいえ、
碇谷空。コードファイター『零戦』」
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