第17話 食堂間宮【下】

「レオお兄、暦お兄、錦も。指揮官連れてきたよ」


榛名くんに手を引かれるまま着いていくと、連れられてきたのは奥まった所に有るテーブル席だった。

壁際に金剛くんと比叡くん、彼の前の席に霧島ちゃんという並びで金剛型の三人が座っている。僕に気が付くと、比叡くんが席を用意してくれた。


「どうぞ、指揮官様。ご足労感謝致します」

「あ、ありがとう比叡くん」

「Hi指揮官。ご無沙汰!」

金剛くんがぴっと敬礼する(でも彼の性格からするに多分半ば冗談だ)。確かに彼の言う通りかなり久々ではあるけれども。


「そうだ皆、結局何の用事だったの?」

「ああ、そうだ。ね、蓮華」

霧島ちゃんが榛名くんに促すと、彼は「うん、」と一つ頷く。しかし彼は暫く周りを見回す動作を続けた。


「……大和と武蔵、来てませんよね」

「大和くんと武蔵くん? うん、多分。あっちでご飯食べ始めたんじゃないのかな」

「だと良いんですけど……」

居ない、と思う。ご飯ご飯〜♪ とふたりして陽気に去っていったのを先程見た筈だから。


「や、ちょっとした雑談だと思って聞いて貰えば良いんですけど。ってか暦お兄、あのふたりって妹居たっけ?」

「妹……ですか。いえ、私の知る限りでは」

「だよね。じゃあ気の所為で良いのかな……」

そのまま下を向いて榛名くんは黙り込む。


「ふたりがどうかしたの?」

「……ほんのちょっと、小耳に挟んだだけですけど。でも聞いちゃって……あのふたり、『妹を取り戻す』、って……言ってたんですよ。其の時の目がマジでして。基本僕等って外界との関わり持てない筈なんですけど」

言い淀みながらも彼は続ける。でも其れは思い出しながらなどと言う訳では無く、何処か言葉を選んでいる様だった。


「蓮華の気の所為じゃ無いのかなって思うけどね、ワタシは」

「だーかーら、本当なんだって!」

「止めなさいふたりとも。兄様の前です。指揮官もいらっしゃるのに、みっともない」

榛名くんと霧島ちゃんの口論になりかけた瞬間、比叡くんが刺す様に諭した。

……でも、僕より金剛くんの方が優先度高いんだな……良いけど。


「ま、兎も角。指揮官、あのふたりには気を付けて下さいね」

榛名くんの目線が鋭くなる。其処に彼の本気を感じて、僕は思わず頷いた。そんな悪いこ達には見えないけどな、大和くんも武蔵くんも。まぁ、軍艦間での虫の知らせとかも有るのだろう。

エリザベスちゃんに言われた事も気に掛かる。


ついでだから彼等にも伊勢くんや扶桑ちゃん達と話していた事を聞いてみようと思い立ち、僕は四人に問い掛ける。

「ねぇ、皆。僕からも聞きたい事有るんだけど、良いかな」

「あ、どうぞ」

「皆はさ、『前弩級戦艦』のひと艦乗りの事、知ってる?」


ちょっとした雑談の続きで訊いてみただけだった。だが、霧島ちゃんと榛名くんが「さぁ……?」「知らないなぁ」と首を傾げるのと同時、金剛くんと比叡くんの醸す空気が一気に凍りついた、気がした。

しかし其れも気の所為だったのか、ふたりの雰囲気は直ぐに元の温和な物へと戻る。其の態度のまま、「さて!」と此れまで言葉を発さなかった金剛くんが立ち上がった。


「もう良いかい指揮官? もう良い時分だ、昼食と洒落込もうじゃあないか。今日は奢ろう。年上の顔を立てると思って」

「あ、じゃあお言葉に甘えて……年上⁉︎」

「あれ、知りませんでした? 兄様、この艦隊で最年長でございますよ」

「て言うか指揮官思ったより幼いですよね。僕達とか長門とかと同じ位じゃ無いんですか? な、錦」

「確かにそーだね」


衝撃の事実に唖然としてしまうが、よく考えたらそりゃそうかも知れない。金剛くん達が何時から前線に出ているかは分からないが、確かに最年長なら可笑しく無い。


鼻歌混じりに金剛くんは席を立つ。其の背中を追って僕も立ち上がろうとした時、ぐっと肩を押さえ付けられた。そして僕の耳元に口を近付けて、彼は素早く囁く。


「――他の奴等には余り訊いてくれるなよ」


其の瞬間、脊椎に氷水を流し込まれた様に背筋が凍る。先程消えたと思った様相が再び戻ってきたのだろうか。

長兄が何を言っているのかよく分かっていない顔をしている榛名くんと霧島ちゃんが此方を不思議そうに見詰めてくるが、比叡くんだけは僕達から目を逸らすだけだった。



「此処では、其の話『前弩級戦艦』はタブーだ」



其れだけ言うと、金剛くんは突然ぱっと僕の肩から手を離し上半身を起こす。上半身を捻って何とか彼の顔を見たが、席を立つ寸前の無邪気な笑みが其処に有るだけだった。


「さぁ、どうかしたかい指揮官? 早く行こうじゃあないか」

「……うん、そう、だね」

今度こそ、僕は彼に着いていって立ち上がる。僕の後ろから残りの三人も席を確保してから着いてきている様だった。


――タブー、か。道理であの時、山城くんや日向くんが項垂れていた訳だ。でも、前弩級戦艦と言えば、三笠くんだってそうだろうに。彼の事は如何なのだろう。

此処には今誰も居ないという『前弩級戦艦』。彼等は一体、如何して消えてしまったのだろうか。十二年前のと関連でも有るのだろうか。


ぐるぐると頭の中を発想が巡る。が、比叡くんの「……指揮官様、もしかして御気分が優れませんか? 足が止まっております故」という遠慮がちな声に我に帰る。いかんいかん、思考に没頭しすぎて立ち止まってしまっていたらしい。また悪い癖が出てしまったな……気を付けよう。見解は一度全部思考の外に出せ。

心配掛けて申し訳無かったなぁと思いつつ、「大丈夫だよ」と返事だけして、僕は先に行く金剛くんを追い掛ける事にした。




……びっくりする位美味しかった。特にあの羊羹、最高だったな……もう店の物食べられないな、あれ。何処かに売ってないかな……


「じゃ、ありがとさん。また出撃で!」と僕に手を振る金剛くんと、長兄に着いている比叡くん榛名くん霧島ちゃんが相次いで食堂を出て行く。彼等が立ち去ったのを見届けてから辺りを見渡すと、周りはがらんとしていた。あれ、皆食べ終わるの早くない?


置いて行かれた様な気がしてぽつんと立ち尽くしていると、「チーフ」と後ろから声が掛かった。

「あ、間宮ちゃん。ご飯美味しかったです、ありがとう」

「如何致しまして。普段は艦乗り用に作っているのですが、チーフのお口にも合ったのですね。そう言って下さると、給糧艦料理人冥利に尽きますわ」


そう言って間宮ちゃんは長いスカートを摘んで礼をする。頭を起こすと、彼女は「そうでしたわ、」と重量感のあるヘッドセットに手をやった。何をするのかと黙って見ていると、かちゃかちゃと耳元を弄って其の手の中に何かを落とした。

「お渡ししたい物が有ったんですの。チーフ、少し御手を拝借」

「はーい。って、此れは……」


手を出すと、間宮ちゃんは僕の掌の上に小さな四角い物を置いた。金色のパーツや基盤が覗く薄いもの。

「……チップセット?」

「ええ。此方のインカムに内蔵されている物でございますわ。取り付けることで通信のやり取りが聞けるんです。此れまでの通信内容も保存されてますよ。例えば……飛龍さんの一航戦に対する失言とかかしら?」

「本物だ……」

「ふふ、私、実は監視艦も担っていますのよ」


彼女は口元を隠してくすくすと笑むが、僕は冷や汗の流れる様な思いだった。流石にインカムを通した会話だけだとは思うが……其れでも全部聞かれているというのは恐ろしいものだ。

この艦隊での一番の実力者、本当は間宮ちゃんなのかも知れなかった。


「チーフに差し上げますわ」

「え……良いの? 今の流れだと結構大事な物なんじゃ……」

「良いのです。きっと此れから、貴方自身の眼で見た物だけでは厳しくなって参りますから。其れに……あのこ達の声を、もっと聴いて欲しいのです」

凛としたカラメル色の瞳で見据えられては、要らないとも言えない。其れに、そこまで考えてくれているのであれば有り難く受け取るのが道理と言うものだろう。


「ん、確かに受け取りました。ありがとう」

「此方こそ、私の我が儘だったのですが聞いて下さってありがとうございます」

そして間宮ちゃんは再び深く礼をした。礼儀正しいこだ。と思っていると、「では、」と彼女は踵を返した。


「私、次は洗濯をしなければならないので、失礼しますわね。お粗末様、でしたわ」

そう言うと、今度こそ彼女はぱたぱたとカウンターの奥へ駆けて行く。其れを見届けてから、僕も食堂を出る事にした。

……本当、やっぱりあの羊羹、売ってくれないかなぁ……。

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