第13話 硝煙弾雨

雲の切れ目、飛び立った母艦から離れた所に浮かぶ巨大な航空母艦二隻を視界に捉える。大概の戦艦よりも大きいだろう、空母赤城と空母加賀。風を切る涼やかさと、足元から伝わるプロペラの振動が心地よい。

しかし余り悠長に飛んでいる訳にもいかないので、さっさと着艦準備をしよう。そう思い操縦桿を切ろうとする。すると突如、



眼前に迫っていた雲から一機の戦闘機が顔を出した。



先程迄の群れの撃ち漏らしが潜んでいたのかも知れない。相手も僕に気付いたのだろう、一気にスピードを上げて此方に向かってくる。

でも、予想済みだ。急旋回を掛けて敵機の軌道から逸れる。近付いた時、空っぽの操縦席が見えた。敵機は無人運転? 舐めやがって。


体制を立て直す間もなくスロットルを上昇へと替える。そのまま急上昇へと入る。ほんの一瞬レーダーから僕が消えた事に驚いたのか、敵機は僕が高度を上げたのに気付くのが遅れたらしい。だが直ぐに操縦方法を変更して昇ってくる。

相手が人間でない以上、心の隙を突くことは出来そうにない。ならば……少し変わり種の手でも使ってみようか。


向かってくる敵機の機銃をS字旋回で躱す。そのまま、僕はを始めた。スロットルを上げ操縦桿を下げる。敵機も旋回反転し僕を追いかけてきた。

我が意を得たり。ふふっ、と自分でも意図していなかった笑みが口元から洩れた。僕を追ったのがお前の運の尽きだ。


急降下に移る瞬間、敵機は一瞬だけ直線飛行に入る。刹那の間? 否、永遠の隙だ。照準器の真ん中に敵機を捉えたその瞬間、僕は機銃のトリガーを引いた。途端銃弾が無数に放たれ、燃料タンクを撃ち抜かれたのだろうか、相手は黒煙を上げて墜ちていった。

海面に機首から突っ込むと、一つ炎を上げたのち爆発を起こす。そのまま波間に呑まれて消え失せた。


「ふぅ……勝てた勝てた」

周りにはもう何も居ない事を確認して、改めて空母の上空へと向けて旋回する。二隻とも直接的な攻撃はまだ受けていないのか傾かないままに浮かんでいたが、甲板上の戦闘機は明らかに減っていた。

二隻を見比べ、空母赤城の方が甲板が空いている事を確認して、そちらに操縦桿を切る。


「赤城くん、甲板空けて! 着艦するよ!」

『はぁ⁉︎ 着艦⁉︎ ってうおっ、何だあの戦闘機、飛龍機か……! もしかして元帥あれに乗ってんのか⁉︎』

『えっちょっと、何で来たの! いや、どうやって……⁉︎ さっきのドッグファイトって元帥が……⁉︎』


困惑と驚きに満ちた一航戦の叫び声がインカムから届く。そういえば僕が行く事、言ってなかったな。二人の様子から察するに、多分飛龍くんも何も言ってないなこれ……

とは言えそこは流石は旗艦、赤城くんは僕が着艦出来る様に、甲板上に散らばっていた戦闘機を片付けてくれる。


『ほれ、これくらい有れば着艦出来るか⁉︎』

「OK、大丈夫。ありがとう!」

彼の言葉通り甲板がすっきりしたので、旋回しながら経路を確認する。足を出し、着艦フックを下ろすと、艦尾側から滑るように甲板へと降りた。

赤城くんが出してくれていた着艦ワイヤーに足を引っ掛け、どうにか止まる。目の前には左側に陣取る艦橋。危なかった、これいつか追突するんじゃ……


完全に機体が止まったのを確認して風防を開けると、僕に向かって赤城くんが駆け付けてくるところだった。

翼に足を掛けて地面に降りたのと同時、赤城くんが僕の肩を掴んで大きく揺さぶる。

「な、ん、で、来た! 何の為に後輩共を退がらせたと思ってんだお前はよ!」

「い、痛い痛い痛い! ていうか振りすぎ振りすぎ!」


想像以上の揺れに視界が大きく振動する(このこ僕より背が高いし体格も良いのだ)。しかし白旗を上げても彼は僕を揺するのを止めない。


「か、加賀くん助けて止めて!」

『……甘んじて受けな』

我関せずといった様子で加賀くんは取り合わない。ああ、四面楚歌。来る時の飛龍くんってこんな気持ちだったんだな……


「……正直言うとな」

僕を揺さぶる手を止めて、赤城くんがぽつりと呟く。

「五分五分くらいで生きて帰れりゃ儲けもんかなって思ってたんだよなぁ……でも元帥に来られると……」

はぁーっ、と彼は長い息を吐く。それに呼応するように次は加賀くんが口を開いた。


『そりゃそうだって……自分で言うのも何だけどさ、私達の配慮全部ぶった斬られてんだよ? はぁ、全く、あのね元帥、何処の船が提督に一緒に死んでくれなんて願うのさ』

頭を抱える彼の姿が目に浮かぶ。訥々と、二人分の説教を喰らってしまった。おかしい、怒られるような事はしてない筈なのに。

それでもまだぽかんとしている僕の肩から「まぁ、来ちまったもんはしょうがねぇか……このじゃじゃ馬元帥がよ……」と赤城くんは手を離した。


「これ以上悠長に話してる暇なんかもうねぇしな。だが元帥、そもそも本当、お前は何をしたくて来たんだ?」

「うーん……そう言われてみると、特に……感情的に……?」

「いや何だそれ⁉︎」

再び肩をがっしと掴まれる。改めて問われてみて気付いたが、確かに突発的に飛び出して来てしまった。でも、今考えてみても、絶対にこれが正解だったと思うのだ。


「まぁ、やっぱり、自分の指揮する船を捨て置けはしないよ。僕は君達を預かっている身だからね。艦だろうと人だろうと関係なく、君達が大切なんだよ」

また揺すられるのもごめんだったので笑顔を作ってそう答えてみたが、赤城くんは予想外とでも言いたげにその緋色の眼を大きく見開いていた。もちろん加賀くんも黙ってしまったので、気不味い沈黙が辺りに充満する。


「ほ、ほら、だから二人とも落ち着いて、ね? 考えようによっては味方機が増えた訳だし、頑張れば相手が退いてくれるかも知れないでしょ?」

「…………それもそうか……」

彼の渋い表情は相変わらず変わらないが、納得はしてくれたのか僕から再度手を離す。

そのままくるりと振り返ると、戦闘機と水平線に隠れる艦隊にまた目を戻した。


『元帥も来やがった事だし、もっと本腰入れようか。ちょっとリスクは上がるけど、何機かまた魚雷用に戻す?』

「そうだな……元帥も来やがったしな……」

「ねぇ二人とも、今来やがったって言ったね? 覚えておくように。――だけど、離脱させるのは危険かも」

今現在、飛んでいる二人の機体は敵機より少ない。下手に戦力を割くと、追われた時に危険すぎる。相手には僕達を追う勢力はあるのだ。


『それも、そっか……じゃあ元帥、どうする?』

「実はね――飛龍くんから爆撃機、借りてきました! いや、半ば押し付けられたと言うか……二人とも、これ使える?」

空母飛龍を飛び立つ寸前、飛龍くんが投げ渡してくれた飛行帽。それに隠して、邪魔にならない程度だが彼が持たせてくれたのだ。

とは言え最初は気付かずに帽子被ってしまったんだけど。


「おっ、有り難いな。飛龍も中々気が効くじゃねぇか。これでさっきの無礼は帳消しにしてやるか」

僕が放り投げた、銃弾型に収納されている爆撃機を空中で攫み取りながら、赤城くんは勝ち気に口角を上げる。次々と発艦させると、数機は一度空母加賀へと向かった。


「加賀、送ったぞ。それ使え」

『はいはい。ありがと』

空母加賀へと着艦した機体は、間を置かず再び飛び立つ。合わせて十機有るか無いかと言った所だが、それでも並んで宙を舞う鉄鷲の群れは頼もしかった。


「……艦爆、開始」

戦闘機の姿がかなり小さくなり敵艦に接近した所で、赤城くんが遠くを見据えたまま呟いた。緋色の瞳が鈍い光を放つ。

飛龍くんは話し掛けても大丈夫だと言っていたが、ひとそれぞれ有ると思うので今回は彼等を信じて見守る事にする。

案の定、敵艦付近水平線の奥でまた水柱が上がった。数拍遅れて、火柱と黒煙が立ち昇る。


『一隻沈没、一隻大破と言った所かな。攻撃だけに集中出来るって良いね。続けます』

その言葉の通り、上がる水柱は消えない。

だがふと何かが引っ掛かり、誘われた気がして僕は上空を見上げた。


「二人とも、上! 高角砲起動!」

僕の声に、赤城くんははっと顔を上げる。舷に付けられた高角砲が勢いよく仰角を取ると、素早く火を噴く。

隣を見ると、空母加賀も同じように銃撃を繰り広げていた。予想通り、もう一度空を仰ぐと敵機が黒煙を吐いて墜ちてゆく所だった。


「ふー危ない危ない……」

「元帥よく気付いたな……ありがとう、助かった」

赤城くんが此方に微笑んでくれた。いやぁ、本当気付けて良かった。素直に感謝されると中々に嬉しいものがある。


『それにしても抜け目が無いね……うざったい。母艦は半ば沈んでるって言うのにさ』

と加賀くんが舌打ち混じりに洩らす。確かに、遠くに浮かぶ艦船は目に見えて数を減らしていた。

これならこの二隻が沈む事も無いかも知れない。安心して息を吐きかけた、その瞬間。



水平線向こうから、新たな艦隊が現れた。



「……え」

本当に、突然だった。どうして今? たった二隻に思ったよりも沈められて焦ったのか? 救援信号でも出したのか? 疑問は尽きないが確かなのは、敵が増えた、それだけだった。


大きくも美しい姿をした戦艦や、主砲が全て前方に配置されている奇妙な形の戦艦。延長された甲板に島型艦橋を持った、船体の高い航空母艦。今まで見てきた有象無象とは明らかに纏う雰囲気が違う。

が射抜くような目線で此方を見詰めている、そんな風に思えた。


そして、其れ等の影に隠れていた一隻の戦艦がまた顔を出す。その艦型に見覚えが有る気がして、慌てて双眼鏡の倍率を上げる。

案の定、艦橋には一人の少女が立っており、その碧眼が僕達を見据えていた。双眼鏡越しだが、目が合った、気がする。彼女が、あの艦隊の旗艦だろうか。


糊の効いた白い軍服に、ふんわりと少しウェーブのかかったボブカット。

僕は、彼女に会ったことがある。金剛くんに連れられて、太平洋まで出て行った、あの時に。口から、意図せずほんの微かに彼女の名が洩れた。


「『Queen Elizabeth』――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る