第12話 エアークラフト
合わせて六艦、それぞれから戦闘機と爆撃機が次々と飛び立ってゆく。白い機体が、宛ら鷲の群れのように隊列を成して。遠くに現れた謎の艦隊に対して、容赦無く群れてゆく。
「……高度、3000m。目標、敵空母。艦爆、開始」
僕の横で、飛龍くんが微かに呟く。その眼は何処か遠くを見詰めているようで、でも近くを凝視しているかのような、そんな風に鈍く光を保っていた。
「今、どんな調子?」
「…………あ、ああ! えっと、敵空母が四隻、戦艦などの艦艇は三隻、後は細かく数隻、といったところっすね! おれと碧で艦爆、赤城先輩加賀先輩が敵戦闘機との空中戦、鶴兄弟がサポートって感じで動いてるっす」
長めに間を置いた後、はっとして飛龍くんはそう伝えてくれる。集中してたなら話しかけない方が良かったかも……?
「あ、全然声掛けてもらっていいっすよ」
「そう? ごめんね、集中切らして。艦爆は二航戦分だけで大丈夫?」
船自体を叩くのであれば二隻分の爆撃機で足りるのだろうか、そう思い訊いてみたが、彼は我が意を得たりといった様子でにんまりと笑みを作った。
「ふっふっふ、大丈夫っすよ。ねー碧?」
『勿論。だって――』
「『自分達には【神様】が付いてるんで!』」
二人の威勢の良い声と共に、水平線向こうで炎が上がった。一拍置いて黒煙が立ち昇る。
先程放たれた爆撃機達が無事役目を果たしたようだ。
『ね、どうです長官?』
「本当だ……凄いね」
「そりゃそうっすよ! 碧の、空母蒼龍の艦爆なんて特に、命中率八十パーセント超えてるんすから! さっすがぁ!」
飛龍くんがぱちんと指を鳴らした。僚艦も自分の爆撃機も、心から誇るように。
『飛龍、あんま調子乗んなよ。ま、でも、良くやった。続けろ』「はいっす!」
意気盛んな声と共に、彼の瞳はまだ鈍く微かに輝きを放つ。上がる黒煙も増えているようで、出来ることならば僕がこの目で見たかった。
立ち昇る火煙に釣られて視線を上げると、上空では戦闘機が乱戦を繰り広げていた。
銀翼が日光を浴びて時折鋭く輝く。小柄で軽そうな機体だがその分の小回りは申し分なく、機銃を振り回しながら翻り飛んでいた。
「お、先輩達の機っすかね? ねー先輩、空中戦はどんな感じっすか?」
『良い感じだよ。もう少し墜としたら魚雷に換えるつもり』
その言葉の通り、加賀くんの声の裏側では何か重い物を弄っているような音が聞こえる。
『加賀、準備出来たか?』
『ある程度はね』
『OK。翔鶴に瑞鶴、暫く頼んだぞ』
『『了解しました!』』
団子状になって乱戦していた戦闘機軍から、十数機が離脱してこちらに向かってくる。そのまま空母加賀に着艦すると、暫くの間を置いてからまた一機ずつ飛び立っていった。
そのまま飛んでゆくと、投下する為か、高度を一気に下げて海面に近付く。いや、でも、ちょっと待てよ……
「投下するって言ったって、ここ、それなりに水深は浅い筈なんだけど……」
確か、120フィートは切っていた。そう思いぽつりと僕は呟いたが、赤城くんは『はっ!』と一笑に付しただけだった。
『何腑抜けた事を言ってんだ、元帥? ――一航戦を舐めるなよ』
彼はそう凄みを効かせる。隣に居たならばきっと、その口角は自身ありげに弓形を作っていただろう。僚艦の自負に、加賀くんも薄く微笑を洩らすのが聞こえた。
そして――敵艦艇から巨大な水柱が上がった。瞬く間に傾斜を増加させると、突如火柱を上げて大きく横転する。その刹那、閃光と爆炎が辺りを激しく照らし、敵艦は跡形も無く消え失せた。
「いやもう本当、何回見てもえっぐいっすね……ねぇ長官、理解、出来ました? あれが、一航戦っす。おれ達なんてあの二人に比べたらひよっ子みたいなもんっすよ」
頼もしいから良いんすけどね……と飛龍くんは自らの腕を摩りながら苦笑する。その表情には先達に対する尊敬と、感動と、ほんの少しだけの畏怖が混じっているようだった。
成る程、あれは確かに……あんなの、
そうこうしているうちに、僕はふと違和感を感じた。相手に空母隊が居るのに、此方に飛んでくる戦闘機が余りにも減少した。幾ら先程の戦闘で撃ち墜とされたと言えども、ここまで少なくなるものか?
いや、違う。羽音のような耳障りなプロペラ音が、今も未だほんの微かに耳を擽る。
あいつら、一度
間に合ったかどうかは分からない。僕が思わず叫んだのとほぼ同時、まるで蜂の群れの様に大量の鉄鷲が此方に向かってきた。
やはり先程までの機数はジャブのような感覚だったのだろう、より多く、より主力じみた機体が次々と飛んでくる。
「うわ、何すかあれ! さっきまで母艦で震えてた癖に……! 爆撃機、帰還させるっす! 碧っ!」
『分かってる! ぼく達も戦闘機出さなきゃまずいんでしょ⁉︎』
蒼龍くんも悲鳴のように鋭い声を上げる。確かに此方も精鋭揃いであるはずだが、一航戦の戦闘機は魚雷を放ちに行ったまま未だ帰って来ていない。
今現在僕達の頭上を守っているのは翔鶴くん瑞鶴くんの機体、二隻分だけなのだ。
否、それだけならまだマシだったかも知れない。喧騒に紛れて、健在だった敵戦艦が動き出した。その砲口の先に居るのは――
その時、空母翔鶴が、着水した自らの艦上機を回収しようとしてその動線上に割り込んだ。
兄に視界を阻まれ、敵艦を見失った瑞鶴くんが『駈っ!!』と鋭く悲痛な叫び声を出す。その声に、翔鶴くんがふっと顔を上げたのが見えた。
一拍置いて、空母翔鶴の船体から火柱が上がった。舷に大穴が空き、撃たれた衝撃と反動で艦が大きく揺れ後ろに滑る。『うっ……!』と翔鶴くんが呻くのが聞こえた。
『駈! 駈っ……!』「翔鶴くん、大丈夫⁉︎」
自分で言っておきながらだが、いや大丈夫じゃないだろう。今も空母翔鶴に空いた砲撃跡周りの火は消えていない。しかし『平気です……!』と、それでも翔鶴くんは気丈に応える。
『……まだ、まだ動けます。深月は、大丈夫だった?』
『俺は、だって、駈が……』
ならよかった、と翔鶴くんが囁いた。
やっぱりそうか、動いた位置に砲弾が飛んでくるなんて不運なと思ったけど、あれはもしかしたら瑞鶴くんを庇ってのことだったのかも知れない。瑞鶴くんがこれを知ったら怒りそうなものだけど。
「あ、碧っ⁉︎」
その時、飛龍くんが叫んだ。突如として空母飛龍の左側からも水柱が上がる。
訳も分からず上空を見上げると、すぐにその理由が理解できた。翔鶴くんが被弾して操縦できる戦闘機が減ったのだろう。瑞鶴くんも兄に気を取られて集中力が鈍ったのかもしれない。何にせよ、防御に隙が生まれたのは確かだった。
『翼、落ち着いて落ち着いて。まだ掠っただけ。長官も、ぼくは大丈夫です。でも……』
水柱が少し収まると、蒼龍くんから通信が入った。でも? 何か不穏な響きが……
『はい。今のでだいぶ波を被って、甲板に並べてあった戦闘機が幾つか持って行かれてしまって……』
成る程、確かにそれはまずい。これで、今此処で使える戦闘機は空母飛龍と空母瑞鶴の二隻分しか無いという事になる。
「先輩、どうにかならないんすか⁉︎」
『すまん、こっちも追い付かれた。此奴らを片付けてからじゃねぇとまだ向かえない。もう少しだけ待ってくれないか』
だけど、そんな悠長に言葉を交わしている暇なんか与えてくれる筈も無かった。応戦している戦闘機に比べ、向かって来ているものは明らかに多い。現に後ろを振り返ってみると、満足に動けない空母翔鶴を狙って数機が爆撃を始めていた。数度、大きな波が立つ。
『ううっ、もう……!』
『畜生が……! 駈に近づくなっ!』
空母翔鶴が大浪に揺れ、空母瑞鶴の戦闘機がどうにか敵機を撃ち墜とす、その繰り返し。機数は明らかに不利で、空母瑞鶴に攻撃の手が回るのも、もう時間の問題だ。
その時、今までずっと押し黙っていた加賀くんが『……赤城。それに元帥』と口を開いた。暫く声を聞いていなかったので、少し驚く。
「加賀くん? 赤城くんにもどうかした?」
『ちっ、そう言う魂胆かよ……しょうがねぇな……元帥、頼みがある。
二航戦と五航戦を連れて、退がってくれ』
無茶だ。咄嗟にそう言おうとした。たった二隻分で相手を沈める? そんなの、幾ら実力の知れた一航戦と言ったって無駄死にするようなものじゃないか。
「――出来っこないでしょ」
「そうっすよ! 何馬鹿な事考えてるんすか⁉︎ おれまだ動けますって!」
『馬鹿な事言ってるのはお前だ。此処で六隻全部沈めるつもりか』
だが、赤城くんは頑として取り合わない。
『聞いて。何となく感じてるかも知れないけど、相手は君達から潰そうとしてる。手負いを狙うのは一般的な戦法、解るでしょう。君達が沈められたらどの道私達にも後はないんだよ?』
全員が黙ってしまった隙を突いて、次は加賀くんが静かな声で諭してくる。彼の言う理屈も解る。解る、けど。
「でも……でも、おれ、もう残されるの嫌っすよ……何で勝手に――」『飛龍!』
それでも尚食い下がろうとする飛龍くんの言葉を遮って、赤城くんが声を荒立てた。
『自分勝手な事ばかり言うんじゃない! 僚艦は、後輩の状態は確認したのか! 提督が乗っているのはどの艦だ⁉︎
お前も二航戦旗艦なら、否、海軍の一員ならば、
その言葉に、飛龍くんはきつく拳を握り締める。暫く誰も何も言えなかったが、やがて彼は「……分かり、ました」と微かに涙声の混じった声色で呟いた。
「二航戦、五航戦、反転せよっ……!」
飛龍くんが叫ぶと、躊躇しながらも空母は反転を始める。逡巡を見せたまま母港へと退こうと動き出した。
……冗談じゃない。提督が、指揮する艦を捨てて帰る? そんな事、出来る訳ないじゃないか。僕をダシに後輩を戻らせようとした一航戦には悪いけどね。
危ない? 命が惜しい? そんな事、もうずっと考えた事すら無いさ。
ただ、空母飛龍はもう反転を終えようとしているし、一航戦との距離は広がりつつある。残ろうとしている艦まで行く手段なんて有るのか……?
横付けはもう出来ないだろうし、カッターでも使う? いや、距離が大き過ぎるし、それに時間もかかる。どうすれば――!
沸き立つ焦燥感を感じないように甲板の端から辺りを見渡そうとする。振り向こうとして広がった指先、何か冷たく硬いものが爪に当たって軽い音を立てた。
飛龍くんが先程創り出した戦闘機。一翼の鉄鷲が僕を見下ろしていた。
ああ、なんだ、と急に腑に落ちる。これなら、もしかしたら。
「飛龍くん、これ、貸して」
「これって……戦闘機っすか⁉︎ 何で⁉︎」
「赤城くん達の所まで飛んで行く。これならまぁ、行けるでしょ」
出来るだけ事も無げに言おうと努めたが、案の定飛龍くんは「無茶っすよ!」と声を張り上げる。
「そもそも、長官これに乗った事有るんすか⁉︎」
「無いよ。無いけど」
「じゃ、じゃあ流石に貸せないっすよ!
度重なる予想外に、飛龍くんの目にはもう涙が溜まっている。だけど、せめて安心だけはさせられるように。そう願いつつ僕は出来る限りの微笑みを彼に作った。
「大丈夫だよ。信じて」
それでも飛龍くんは尚迷っている様だったが、一つ息を吐くとまた凛とした眼差しで此方を見た。
「長官がそこまで仰るなら! ……信じるっすよ⁉︎」
決意を込めた声でそう叫ぶと、飛龍くんは僕の側に有った戦闘機の頭をばしっと叩いた。すると機体は彼に従う様に搭乗席の風防を開く。その行動に甘えて、翼に足をかけ操縦席に乗り込む。
風防を閉めようとすると、飛龍くんが「長官、これ!」とゴーグルと飛行帽を投げ渡してくれた。それを付け、改めて風防を閉じ操縦桿を握る。
ああ……やっぱり、しっくり来ないな。乗り慣れていない事にじゃなくて、僕がここに座っている事に。記憶の中の視界はもっと開けていて、直ぐ側に大気が広がっていたような――だけど、まるで自分の身体の様に動かし方が分かる。
【久しぶりに飛べるだなんて、良い気分だ】そう
一つ息を吐いて、ブレーキを一杯に踏む。スロットを開く。甲板先端から覗く水平線目指して、操縦桿を思い切り前に倒した。暫く加速した後、甲板の端まで来る。初めての発艦と言えども、不思議に恐怖は感じなかった。
地表が途切れ、視界が青い海一色に染まる。ほんの少しの落下感と浮遊感が同時にやって来て、ぶわりと身体が浮く。上昇速度を上げると、眼前に雲が映った。
ちらりと背後を振り返ると、飛龍くんが艦橋から大きく手を振っている。彼に敬礼一つを返すと、僕は機動部隊旗艦に向けて改めて操縦桿を傾けた。
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