第6話 英国生まれ日本育ち
伊勢型と扶桑型、四人と接してからまた数日。
長門くんに事の顛末を話すと、「あちゃー……ちょっと荷が重すぎましたかね。まさか伊勢と日向まで絡んでこようとは……変な事に巻き込んでしまって済みません、代わりに謝っておきます」と申し訳なさそうに謝られた。
彼の顔はとっくに死んでいた。長門くんの苦労人気質が分かった気がした。
という訳で彼と別れて数分、次は四人組への仕事をもらった。彼らはいつも多分ロビーにいるから、との事で僕もそこへ向かう。
僕が顔を出そうとしたその時、後ろから「Hi長門! 遅いぞ、また説教喰らいたいのか?」と強く腕を引かれた。勢い余ってバランスを崩してしまい、思いっきり尻餅をつく。
「な、何……いってえぇ……」「兄様、その方長門ではございませんよ」
悶絶していると、もう一人別の青年の声が聞こえた。穏やかで優しげな声だが、やはり溜め息が混じっている。
「え? あれ、似てるからつい……きみ誰?」
「似てる? いや、同じなのは年齢と髪色くらいだと思うんだけど……」
「ごめんなさい。兄様人の顔の判別が兎に角苦手でございまして……失礼致しました、指揮官様」
突然そう呼ばれ、僕は面食らう。臀部の痛みを堪えながら振り返り顔を見上げると、そこには艶のある金髪に碧い眼をした青年と、こちらは純日本人風の青年と二人が立っていた。
金髪の青年を宥めた方の彼は、雰囲気のみ日本風だが髪色は茶がかったブロンズに孔雀青色と、二人の佇まいはよく似ていた。
「あら、全然知らない人だった。じゃあ改めて。第3戦隊所属、
「この間お会いしたではありませんか……第3戦隊所属、
金剛くんは相変わらず不遜な態度だが、比叡くんからは逆に礼儀正しすぎる雰囲気を感じた。
でも四兄弟ということは、もしかしてもう二人……と思っていたらやはり金剛くん比叡くんの後ろ、座椅子の陰からもう二人少年少女が顔を出した。
「……だれ」「言ってたじゃん提督だって」
ほらワタシ達も自己紹介、と前髪を掻き上げたポニーテールの少女がピンで前髪を上げて留めている少年の背中を押す。
そのままの勢いで少女は少年を押さえつけ二人仲良く礼をした。
「第3戦隊所属、
「第3戦隊所属、
「……えーと、霧島ちゃんに、榛名くん。それにしても似てるね、四人とも」
顔は瓜二つとまではいかないが(特に比叡くんが)、雰囲気はそっくりだ。
「よく言われる」と金剛くんは嬉しそうに目を細めた。
「良いだろ、自慢の弟妹共だ。羨ましいか?」
そう言って金剛くんは三人の肩を強引に引き寄せる。霧島ちゃんと榛名くんはご機嫌そうに、比叡くんは仕方無さそうに笑っていたが、誰も振り解こうとはしなかった。
その姿勢のまま「指揮官様」と比叡くんが僕に呼びかける。
「何の御用だったのですか?」
「ああ、長門くんから仕事を持ってけって」
そう言った時、霧島ちゃんは驚いた声を上げた。
「えー⁉︎ 貰いましたよもう」
「えっ」
貰った? そういえば長門くん、金剛くんから説教されたって言ってたな……金剛くんもまた説教喰らいたいのかとか言ってたし。
「うーん、長門忙しそうでしたものね……混乱してるのかもしれませんね。どうします?」
流石に兄の手を退かしながら比叡くんは立ち上がる。
腕を払われた金剛くんは特に気にする様子もなく「ふむ」と呟いた。
「ならば少し遠出になるが、着いてくるか? 故郷の友人に会いに行くのさ」
「遠出って言ったってさぁ……」
「どうかしたかい指揮官?」
「太平洋のど真ん中まで出てくるとは思わないじゃん普通!」
という訳で、遂に日本を飛び出しました。一晩かかった。
『本当兄様がすみませんフリーダムな兄でして……』
『ワタシは楽しいけどね!』『僕もー』
霧島ちゃんと榛名くんも楽しげだった。そんな三人とは対照的に、比叡くんはただただ申し訳なさそうである。
「まぁ良いだろう、もう少しで待ち合わせの時間だ。――あ、ほら」
「待ち合わせ? こんな海の真ん中で――」
金剛くんが指差す方に思わず目をやる。其方には、水平線の向こうに白波が立っていた。
『わぁー何あれ⁉︎』
「錦に蓮華、小波も見ておけよ。おーい、こっちだこっち!」
金剛くんは白波に向かって大きく手を振り、ついでとばかりに戦艦金剛は祝砲の様に砲を放つ(びっくりするくらい目立った)。
波を掻き分けて、巨大な戦艦が向かってきた。
それは波がぶつかるくらいまで戦艦金剛に近づくとぴたりと止まる。その甲板から、一人の少女が顔を出した。
「なーにがこっちこっちだか。調子乗ってると轢くわよ」
彼女も金剛くんと同じような金髪碧眼、歳は僕より少しだけ下といったところか。上品な輝きを放つ、ふんわりと少しウェーブのかかったボブカット。外国の海軍特有の、糊の効いた白い軍服姿である。
「はっ、怖い怖い――そうカリカリするなよ、『HMS Queen Elizabeth』」
肩をすくめ、半笑いで金剛くんは彼女の名を呼ぶ。
クイーン・エリザベス? 確か、英国の戦艦だったんじゃなかろうか。それにしては日本語が流暢すぎるが……
『多分普通に翻訳機ですよ。彼方が合わせて下さる分、礼儀は有るようですが……』
「翻訳機かぁ。時代は変わったね」
『指揮官いつの人なのさ』
榛名くんから冷静な突っ込みが入った。性格は四人ばらばらだ。
「気安く呼ばないでくれる? 貴方は極東に売られてゆく前からそうだったわね、慇懃無礼よね」
はぁ、と溜め息と共にエリザベスちゃんは肩をすくめる。
売られてゆく、の部分で金剛くんの表情が少し曇ったように見えた。がそれも一瞬のこと、直ぐにまた何時もの勝気な顔に戻る。
「弟妹の前では言ってほしく無いね。弟妹、そう、オレはもう日本の艦だよ。お前達とは違う国の者さ」
「よく言うわね、本当。まぁいいわ、そこのAdmiral」
彼女は無理矢理金剛くんとの話を切り上げると、次は僕の方を向いた。
「え、僕?」
「他に誰が居るっていうのよ。ねぇヒエイ、ハルナ、キリシマ。彼で合ってるわよね?」
「どうしてオレに聞かないんだ?」
「貴方に聞いても無駄だからよ。直ぐはぐらかすもの」
お前との話は終わったものだとばかりにエリザベスちゃんは金剛くんを見もしない。そのまま彼女は此方に何かを投げて寄越した。
「わっ、と。何これ?」
「貴方の上司に渡してほしいのよ。あぁ、中は見ない方が良いかもね」
不穏だ。中を見ない方が良いとは……
「最悪貴方消されるわよ。軍事機密だから」
「軍事機密⁉︎」
「ええ。我らが祖国、Englandと貴方達極東のJapan、二国のね」
そう言って彼女はにやりと笑う。軍事機密、と聞いて後ろの三人が息を呑むのがインカムから伝わってきた。
直ぐにエリザベスちゃんはもとの澄ました表情に戻って、また言葉を続ける。
「最近何処の国も不可解な動きが多いでしょう。貴方の国にも何かが訪れたのではなくて?」
「! 何でそれを……」
「Englandにも来たからよ。直ちに撃ち墜とさせてもらったけれど。多分あれは西から南にかけてのAsiaからかしらね、Japanに来たのは何処からのお客だったの?」
うーむ、何処だっただろうか。後始末は伊勢くん達に任せてしまったからな……
「もしかして分からないの?」
「いやー……でも多分、君たちと同じかな? 船系は中東とかかも……」
そうなのかしら、と彼女は黙り込む。その隙を突いて、金剛くんが「成る程な」と横で頷いた。
「つまりそういう事か。同盟を組みたい、そう言うんだな、英国よ?」
今度はエリザベスちゃんが驚く番だった。澄んだ空色の瞳が軽く見開かれる。
金剛くんの聡さを理解したのだろう、観念した様に微笑んだ。
「
英国生まれは、との彼女の言葉に、比叡くん霧島ちゃん榛名くんの三人が揃って砲を構えた音が聞こえた。
『僕達は出来損ないって言いたいのかよ』聞こえないようにだが榛名くんがぼそりと呟く。
そんな弟妹の様子を見もせず、金剛くんは「落ち着け」と背を向けたまま両手を広げた。
「英国生まれどころか、日本育ちのこいつらも負けずに明晰だよ、Ms.Elizabeth。オレの弟妹を舐めて掛かると痛い目見るぞ」
「……好戦的ね、ヒエイ、ハルナ、キリシマ。そういうところ可愛いわよ。ふふ、それに、良い兄を持ったものね」
エリザベスちゃんはそう囁くと、甲板上でくるりと踵を返した。
「もう帰るわ。駆逐艦どころか、巡洋艦も潜水艦も連れてきていないから、何かあったら怖いもの。用事ももう終わったし。わたしこう見えて忙しいのよ」
「お前年配者だからな」
「うっさい。貴方もほぼ一緒でしょう。
……それじゃ、日本のAdmiralさん。Big Sevenに宜しくね」
そして彼女は此方の返事を待つ事なく艦を反転させた。そのまま振り返らずに白波を立てて、水平線の向こうへと消えてゆく。
艦尾が見えなくなったところで、金剛くんがこっそりと呟いた。
「……Big Seven、最近呆けてきてるかも知れないけどな」
「やめなさい」
「――という事がありました」
「君も大変だな……」
エリザベスちゃんから貰った『軍事機密』を大将に渡す。彼は此方に同情の眼差しを向けてそれを受け取った。
「それにしても、同盟か……彼の国は栄光ある孤立をモットーに行動していたようなのだがな。ふむ、第二次日英同盟と言ったところか」
「日英同盟、ですか?」
もう二百年も前に結ばれた同盟だったはずだ。今になってもう一度掘り返そうと言うのだろうか?
「ああ。イギリスの海軍力は世界単位で見てみてもそう高くはない。だからこそ、我らが国と結ぼうとしているのだろうな。理に聡いイギリスのやりそうな事だ……
まぁ良いさ、同盟のことは上の会議に持って行く。顔合わせは順調かな? そろそろ別の艦隊も準備が終わりそうなんだ。次は誰だい?」
「次、ですか。確か……」
もう十人に会ったから、戦艦としてはあと二人なはずだ。最後の二艦は、と頭の中で数えてゆく中で、とある戦艦が脳裏を掠めた。
世界中でも間違いなく最強と謳われた、超弩級戦艦――
「確か、『戦艦大和』と『戦艦武蔵』かと」
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