第5話 Outbreak

呉の海に出て数分。僕等の前方を、白波を立てながら二隻の戦艦がゆく。艦橋には、辛うじて一人ずつ少女と少年が居るのが見える。

なんとなく悪いことをした気がしてしまって、どうも気にかかった。


「まぁ、そんな気にする事でも無いとは思うが。本人達は特に隠してないらしいし」

そう言って伊勢くんは僕の肩を乱暴に数回叩く(結構痛い)。が彼が慰めてくれている様子なのは伝わってきたので、少し嬉しかった。僕はもう一度戦艦扶桑と戦艦山城に目を向ける。



それとほぼ同じタイミングで、まずは戦艦扶桑の機銃が火を噴いた。



「なっ……扶桑ちゃん……⁉︎」

『総督、上を見ろ!』

鋭い声がインカムから届く。その声に釣られて空を仰ぐと、数機の戦闘機が飛んでいるのが目に入った。

其の内の一機は、先程の銃弾に撃ち抜かれたのか煙を吐いていた。


『独断での攻撃については謝罪する。だがここは領空内、一刻も早く墜とさねばこの呉にどんな被害が有るか……改めて、私と都、それに伊勢日向に攻撃の許可を頂けないか』


領空内、と聞いて思い当たる節があった。行きしな見送ったあの航空隊かも知れない。だがあれはそこまでの脅威には見えなかった。


あれは唯の偵察機。現に今飛んでいる機体も攻撃を加えてこようとはしていない。


そんなふうに逡巡した思考を遮って『確かに扶桑ねえちゃんの言うことも一理有るかもねぇ……対空戦には痛い目見たし』と日向くんが言葉を洩らした。


二人の言い分も間違っている訳ではないのだ。偵察機をのさばらせておくというのも余り宜しくないだろう。

しかし、僕は撃ち堕とせと命令を直ぐに出せずにいた。


その時、何かが爆ぜるような音が幾つもして、戦艦扶桑から小さく火が上がった。『熱っつ……痛いな、畜生』とインカムから微かな呻き声が聞こえる。


上を見ると、先程の戦闘機一機が戦艦扶桑と戦艦山城に向けて銃撃を放っている所だった。

戦艦山城も負けじと機銃を向けるが、彼も反撃に遭うのは時間の問題だろう。


「扶桑! 山城⁉︎ 嘘だろ、戦闘機ってあんな攻撃出来たのかよ!」

「やっぱり百年も経つと、ね。そっか――」

やはり反撃しない訳にはいかないのだろうか。このままだと前の二人だけでなく、後ろの二隻もどんな損害を被るか分からない。


『頭領、早く許可して! 扶桑ねえちゃんと山城にいちゃん危ないよ、おれ達にも闘わせて⁉︎』

日向くんが悲鳴にも似た声を上げる。


危ない、か。それは確かに。何処の国の物とも知れない戦闘機と、我が国の誇る戦艦ならばどちらが大切なのかは決まっている。


僕はインカムの音量を上げると「提督命令だ。撃ち堕とせ」と許可を出した。その声が届くかどうかといったタイミングで、少しフライング気味に扶桑型二艦の反撃が強くなる。


隣でごそごそと物音がしたので音の方を向くと、伊勢くんが広島で弄っていた巾着に手を突っ込んでいるところだった。


「一体何を……対空砲使わなくていいの?」

「それは扶桑型に任せりゃ良いだろ。万一効かなかったら痛い。陽、聞こえるか?」

『聞こえるよー』

「OK。カタパルト出しとけよ」


そう言い残すと、伊勢くんは僕の横を通り過ぎて艦橋を降り、そのまま艦尾に向かって振り返らずに歩いてゆく。置いていかれる訳にもいかず、僕はその後ろを着いて行った。


砲台を廻ったところで彼はふと足を止める。「ああ、なんだ頭領、着いてきたのか。見ろよこれ」とこちらを向いて自身の前を指した。

その艦尾には砲塔がなく、代わりに分厚い鉄板が張られている。両脇にはカタパルトと呼ばれる射出機も備えられていた。


「じゃーん、これがぼく達兄弟の隠し玉でーす。ぼくと陽が『航空戦艦』って呼ばれる理由」

特に感慨も無さそうに伊勢くんはそう告げる。確かに、長門型兄妹や扶桑型姉弟とは一線を画した造りだ。


これで何をするのかと思えば、彼は先程の巾着から銃弾らしきものを一掴み取り出すと、甲板に向かってばら撒いた。舞った分銅は地面に落ちる寸前急激に大きくなり、また戦闘機の形へと戻る。


「陽、準備出来たか?」

『もう終わったよ! にいちゃんは?』

「大丈夫だ。よし、行くか」


伊勢くんは日向くんにそう確認すると、こきこきと首を鳴らした。そのまま前を、扶桑ちゃんと山城くんを襲う偵察機を真っ直ぐに指す。



「『発進――撃ち落とせ!』」



その合わさった掛け声と共に、戦艦伊勢と戦艦日向の二隻から同時に戦闘機が飛び立ってゆく。カタパルトから一直線に発射されると、一気に距離を詰めていった。


「す、凄い……!」

「おおー、飛んだ飛んだ。本当に飛ぶんだな、ここから」


僕が感心した声を洩らす横で、何処か他人事のように伊勢くんは呟いた。そして「で、頭領」とこちらを向く。


「あれどうやって倒せば良いんだ?」

「めちゃくちゃ不安な事言うね⁉︎ なんで⁉︎」

「いや、改装しても結局飛ばした事無かったから」

「よくそんなんで使おうとか思ったな⁉︎」


どーすっかなー、と偵察機に向かう自分の戦闘機をただ眺める伊勢くん。不安になって戦艦日向の方を見ると、案の定彼もどうすれば良いか分かっていない様だった。


突然現れた(かに見えたろう)戦闘機が迫ってきたことで偵察機の扶桑型への攻撃は少し緩んだようだが……


『頭領ー、おれとにいちゃんじゃ多分どうしようもないかも。あれ指揮してくれる?』

「なんで僕に言うのさ……」

『なんとなく。頭領、飛行機慣れてそうだったから』


飛行機に慣れている? 僕が? そう言われ、頭に微かな痛みが走った。だがそれも一瞬、僕がやるしかないと覚悟を決められた。


「分かったよ。僕がやる。あれどうやって指示出す仕組みなの?」

「えーと、説明し難いんだが……頭の中にモニターが何枚も表示されて、それをぼく一人が眺めてる感じ、って言えば良いのかな。多分そこから出せる。んでもって、多分無人運転」

「了解。じゃあ僕が伊勢くんと日向くんに指示出すから、それ伝えてあげて」


とは言いつつも、何を言えばいいのか。目を閉じると、あの戦闘機が見ているであろう風景を想像する。

相手偵察機の腹が見える、はずだ。前から行っても機銃の餌食になるだけだろう。


「一度距離をとって。低高度から相手の後ろ目掛けて飛べる?」


やってみる、と二人は呟く。数瞬の後、戦闘機は一度降下すると、相手の死角を突くように回り込み、また急上昇していく。


「OK、相手より高く飛んで。出来たら1000mくらい高度差が欲しい」

二人は集中しているのか、もうこちらに声を掛ける事はしない。ただ無言で戦闘機の操縦に専念している。


「無人なんだよね? なら恐怖に怯えることもない、か。……そこから敵機目掛けて急降下。ほぼ垂直、真上からでいいよ。そこ死角だから。機銃ぶっ放して。それで堕とせる」


目を開けて真上を見ると、戦闘機は指示通り動いてくれている様子だった。一気に上昇すると、ほんの少しだけ停止して、また急降下する。機銃が火を吹くのが見えた気がした。


微かに間が空いて、相手偵察機は次々と撃ち抜かれた。それを見て安堵がやってくる。続いて作戦通り堕とせた嬉しさ、これ以上扶桑ちゃんと山城くんを傷付けさせずに済んだ達成感。


「良かったー……」

「もう良いか? ……ふぅ……あー、疲れた」

力を使い切った様子で伊勢くんはばったりと甲板に倒れ込む。

空を見上げ、勝ち誇ったように飛んでいる自分の戦闘機と、黒煙を上げながら海へと堕ちてゆく偵察機を眺めながら眉間を押さえていた。


自分でも上手くいくすぎたと思う程シミュレーション通りに動いてくれた。……そういえばどうして、僕は戦闘機の戦法なんか知ってたんだろう?



『あの戦闘機、律と陽のだよね? ありがとう』

山城くんの心底安心した声がインカムから届く。それを聞いて「……まぁな」『扶桑ねえちゃんも山城にいちゃんも無事? なら良かった!』と満更でもなさそうに二人は答えた。


「ていうかぼく達操縦しかしてねぇし。お礼なら頭領に言っといて。暫く寝る」「まだ寝ないで? 帰れない」

照れたのか、ごろんと横を向く伊勢くんをつついていると『そうか、総督が私達を助けてくれたのか。改めて礼を言うよ、本当にありがとう』と扶桑ちゃんの声が届いた。


「えへへ、どう致しまして。二人とも被弾の具合は?」

『私も都も少し欠けた程度だよ。走行出来ない程の傷じゃあないさ』

そう扶桑ちゃんは気丈に告げる。強いこだ、と思った。

『どうした総督? 黙りこくって』

「いや、なんでもないよ。ただ、扶桑ちゃん強いな、と思ってね」

『強い……か』


ふっ、と彼女は声を洩らす。そこでインカムの設定を弄り、僕との一対一に変えた。

戦艦扶桑は誰も護れなかったのに?』

「違うよ」

『何が』

「心がだよ。今日だっていの一番に気付いてくれたよね。僕らを護ろうとしてくれてたんでしょ? ありがとう」


僕がそう告げると、扶桑ちゃんは呆気に取られたように少しの間固まったようだった。やがて「……くくっ」と押し殺した笑みを零す。



「はは、そうか、そうか! 私にも、誰かを護ることは出来たかな? 欠陥品と、役立たずと言われ続けた私達にも、護ることが出来たのか……」



虚空に消えるような呟き。最後の方は、涙声混じりになってよく聞こえなかった。

欠陥品か。ばかだな、扶桑ちゃんも山城くんも、とても立派なのに。


『もし良かったら、戦艦山城にも直接伝えてやってくれないか。あのこは頑張り屋さんだから、きっと喜ぶ筈だ』

「ん、確かに請け負いました。着いてからでいいかな」

『うん、頼むよ』


話がひと段落ついたので、横で寝息を立てていたであろう伊勢くんを揺り起こす。本当に寝たのか、このこ。

「ちょっと起きて起きて、帰るよ!」

「……んー、あと5分……」

「起きろっての!」

『頭領無理だよにいちゃん寝起き悪いし』


とてもとても仕方無さそうに伊勢くんは上半身を起こす。彼は解けていた髪をもう一度結び直そうと下を向いたところで、「ありがとな、頭領」と呟いた。


「え、何が……聞いてたの?」「うん」

少しも悪びれずに盗み聞きの報告をする。そこで黙ってしまった僕を気にすることもなく、独り言のように零す。


「扶桑があんなに笑ったの、久しぶりに聞いたから」

……そうか。何だかんだ言っても、このこ達も扶桑ちゃんと山城くんが心配だったのかも知れない。

確か、伊勢型は扶桑型から改装されて造られたと聞いた事があるから、他人事では居られなかったのかも。


『律、偶には良いこと言うね』

「一言多いぞ山城」

『兄貴って呼んでくれないから。腹いせしたくもなるんだって。ほら呼んでみな?』

山城くんの無茶振り(でもない気がするが)に舌打ちだけ返すと、伊勢くんはインカムの電源を切る。が、その口元は少し緩んでいるのを僕は見逃さなかった。


「仲良いねぇ」

「頭領までそんな事……掴まってろ、飛ばすぞ」

「えっちょっと待っ……っぎゃぁあぁああぁ⁉︎」



流石はスピード特化型、前を行く二隻と一気に距離を詰める。怖かった。

伊勢くんと日向くんの機嫌を損ねたらまずいということは今日一日でよーく分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る