第2話 日本の誇り
「総帥済みません、今大丈夫でしょうか?」
ぼぉっとしながら廊下を歩いている時、そう背後から声を掛けられた。きりりと張った青年の声色。誰だかは直ぐに分かった。
振り向くと、想像通り黒髪の青年と、彼より少し年下に見える少女が隠れる様にして立っていた。確か、このこもあの時にいた十二人のうちの一人のはずだ。
「あ、こんにちは。ええと、長門くんと……妹さん? どうしたの?」
「ええ、長門くんです。改めて自己紹介させて頂きますね」
彼は持っていた封筒を傍に遣ると、背筋を伸ばしてこちらに敬礼した。
「第一戦隊所属、
「同じく第一戦隊所属、
この間見た時はよく特徴が掴めなかったが、今改めて並んで見ると兄妹だからか似ている。
萩一と名乗った青年は両サイドの髪を細く括っており、ぱっちりと開いた藤紫色の瞳。凛と名乗った少女は兄と同じく黒髪で、耳下から長くお下げにした髪に藍色の眼。何故か夏も近いのに白いマフラーを巻いているが。
二人とも海軍支給の軍服の上に袴とマント、といった出立ちだ。
「ええっと……萩一くんに、凛ちゃん……
つ、つまり長門くんと陸奥ちゃんだね!」
「はぁ、間違いでは無いですが……一応人名の方も有りますよ? この通り、ボディーは人間なものですから」
いきなりコードシップの方を使われて戸惑ったのか、長門くんは不思議そうに首を傾げた。少し申し訳ない気持ちになりつつ弁明してしまう。
「いや、実は人の名前とか覚えるの本当苦手で……こっちの方が分かりやすいかな、と……気に障る様なら言ってね?」
まずかっただろうかと心配になったが、陸奥ちゃんがふるふると首を振った。
「大丈夫。艦の名前の方が馴染み深いもの……昔はずっとそれでしか呼ばれてなかったから」
そう言ってマフラーを少し弄る。
そんな妹の様子を見て、長門くんも「構いませんよ」と微笑んでくれた。
そういえばまだ要件を聞いていなかったと思い出し、改めて長門くんに問うてみる。
「ええと二人とも、それで何かあったの?」
「ああ、そうでした。これです」
と長門くんは持っていた封筒を渡してくれた。
それを開けると、中に数枚の写真と書き込まれた文章が載っている資料が入っている。
「これって……海? どこの……」
「高知県沖辺りでしょうか、ここから余り遠くはない所です。こちらにとある国家の隊が十隻程来ている、との噂が有りまして。それを片付けてきてほしいと。詰まる所仕事ですね」
仕事、と言われてやっと腑に落ちた。
「なるほどね。で、こちらの戦力は?」
「俺と凛の二人です」
「なるほどなるほど、二人ね……は⁈」
ちょっと待て。二人って。まだ高校生くらいの二人って。提督と呼ばれた以上僕も行くんだろうけど、それでも二人って。
いや流石に駄目だろう十隻に対して二人ってもう少し何人か連れて行った方が良いんじゃないか、と頭の中でぐるぐる考えていた事を読まれたかの様に、長門くんと陸奥ちゃんは揃ってよく似た笑顔を見せた。
「ご安心を、総帥。
「ぎゃああぁあぁあ前! いや横! ぶつかるぶつかる!! 長門くん安全運転してぇーー!!」
「総帥……」
幾ら憧れの戦艦と言えども、流石に怖かった。昔はこんなに速度は出なかっただろうにという程飛ばすのだ。
時々横を行く戦艦陸奥と距離が縮まるため、いつ衝突するかたまったもんじゃない。
「もしかして乗るの初めてなんですか? 俺らなんてまだまともに走る方ですよ……」
彼は僕の隣に並んで、二人で『戦艦長門』の艦橋に立っていた。手すりに寄りかかり、困惑したように僕の顔を眺める。
『こうでもしないと間に合わないの。兄さんの運転はまだましだよ、伊勢兄弟とか酷いもの』
耳元に付けたインカムから陸奥ちゃんの声が聞こえてきた。彼女は一人で戦艦陸奥に乗り、隣を走っている。
「……それにしても、ほぼ一人で運転してるんだね。普通はかなりの人数乗るはずなのにね、こんな大きいと」
「昔はそうでした。とは言っても所詮二代目、そう人手を割かなくても良い様に改良はされてるんですよ。
それにほら、忘れました? 俺たちは艦と『一心同体』だって。俺は戦艦長門ですし、戦艦長門は俺なんです」
だから思った通り動かせるんですよー、と呑気に彼は微笑む。
初めて見た時上官が言っていた、一心同体という意味が漸く分かった気がした。
そのまま数分程走る。どれだけ来たかは分からないが、きっともう領海からは出ただろう。少し暇に感じてきて、つい隣の彼に話しかける。
「ねぇ長門くん、今どんな感じなの?」
「そうですね……きっともう暫く遠くに――」
『兄さん、総帥! 敵船発見です!』
突然、インカムから陸奥ちゃんの張り上げた声が聞こえた。慌てて眼を凝らすと、確かに水平線少し手前に数隻の船が見える。
「来ましたね。――でもそんなに大きくは無い、ですか。駆逐艦レベルが三隻程、後は巡洋艦レベルと、漁船くらい小さな奴も居ますね。まずは様子見、ジャブって所ですか……凛! 沈めるぞ!」
『了解!』
陸奥ちゃんの了承の声と共に、隣の戦艦陸奥の副砲が火を噴いた。それを見て、長門くんは満足そうに一つ頷く。
「総帥、衝撃に備えてくださいね」「え?」
言い終わるか否かというくらいで、戦艦長門の副砲も起動する。
「砲撃開始!」
長門くんの掛け声に合わせて、砲弾が次々と放たれる。足して40基近くは有ろうか、隣艦の攻撃と混ざって次々と敵艦に命中してゆく。巨大な水柱と火柱が別の所から同時に上がる。その光景に、鳥肌が立った。
『敵艦、沈没確定が二隻、大破が二隻、小破が三隻といった所でしょうか。砲撃、継続します』
何処か弾んだ声で陸奥ちゃんが報告する。その時、海面下を素早くこちらに向かってくる影に気が付いた。
「ね、ねぇもしかしてあれ……」『きゃっ⁉︎』
僕が長門くんに声を掛けるのと、インカムから悲鳴が届いたのはほぼ同時だった。
「ちっ、魚雷か……! 凛! 無事か⁉︎」
『う、うん今のところは……』
潜水艦でも居たのだろうか? 全然分からなかった。魚雷一発で沈んでしまう時も有ると聞いた事があるが、幸いにも戦艦陸奥に大きな損害は無い様だった。そこはしっかりと補強してあるのだろうか。
ほっとしたのも束の間、僕の乗る戦艦長門にも強い衝撃が届いた。
体が跳ね上がり、艦全体が大きく揺れる。体の芯に響く重い振動が感じられた。
次はこの艦にも魚雷が直撃したのかも知れない。「っぐ……!」と、隣から小さな呻き声が聞こえた。
「な、長門くん! 大丈……夫……?」
目に映るものが頭に入って来ず、歯切れが悪くなってしまう。
彼の膝上辺りが、欠けていた。
ぱり、ぱきん、と軽い音を立てて床に落ちる。床に当たると、より細かい破片となって見えなくなった。欠けた場所から肉は覗いていないが、その代わり金属の膜の様なものが張っている。
「え……それ……」
「……見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。
ご安心を、
長門くんは気丈に笑うと、また背を起こして声を上げた。
「あと数隻……! 主砲起動!」
金属の軋む音がして、巨大な主砲が前を向いた。それを見て彼は満足そうに笑みを零す。ふふ、と小さな笑い声が耳に届いた。敵を完璧に捉えた幾対もの眼、あれは確か、日本オリジナルの41糎連想砲――
「
首筋に刃物を突き付ける様な、容赦の無い冷酷な声。その呟きが合図であったかの様に、艦が反動で大きく軋んだ。ただ、先程魚雷を受けた時とは違う、何処か誇らしげに響く衝撃。
一際凄まじい水柱が上がると、海面にはもう敵船の姿は無かった。轟沈したのか、それとも衝撃で爆ぜたのか。数瞬破片が波に揺られていたが、それらもやがて波間に消えた。
「……怖ぇ」
「何か仰いましたか、総帥?」
波が引きだした頃、インカムに通信が入った。
『こちら戦艦陸奥です。二人とも、無事?』
「うん、僕は大丈夫。長門くんは……」
「ええ、俺も平気ですよ。ほんの少し欠けた程度です」
じゃあ帰ろうか、と二人に声を掛け艦を反転してもらう。先程迄の戦闘で些か気になった事が有ったので、それも聞いてみることにした。
「そうだ長門くん、ちょっと質問良いかな?」
「構いませんよ。どうぞ」
「あのさ、さっきの艦とか船、沈めたんでしょ? ……中に人とか、居たりするの?」
自分で問いつつ、馬鹿な質問だと考え直す。先程彼が言っていたじゃないか、最近の艦は人手を割く必要は無いと。
しかし、じゃあいいかと安心しかけた僕の耳に届いたのは、そんな楽観的な思考とは真逆を行くものだった。
「何を聞くかと思えば……
そんなの、当たり前じゃないですか。
多分大勢は乗っていなかったですけど、俺たちみたいなのはきっと居ましたよ」
「え……」
『可笑しな事言いますね総帥。私たちも
陸奥ちゃんも長門くんの言葉に同意を見せる。
そりゃそうかと納得する自分と、このこ達狂ってるんじゃないかと疑問に思う自分、どちらも存在していると気がつくのには数瞬を要することになってしまった。
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