第一章 語る戦艦
第1話 1ダースの夢
カァン、カァン、と伸びやかな工事の音が響く。
「――であるからして――いや、聴いているか?」
「へ? あっ、済みません、欠片も……」
机に座る軍大将の前に立ちつつも、何処か夢見心地な気分でいる僕に呆れたような声が掛かる。
確かに上司の話を聴くのは大切だ。大切だが、窓の外に覗く、碧く輝く海が僕の目を射抜いたように離さないのだ。僕は悪くない、そう信じたい。
「全く……一体何をそんな熱心に……」
「いえ、そんな大したことは……海綺麗だなーとしか。――でも、本当、美しいですよね。この街が燃え尽きてから、もう百年にもなりますか」
言い訳じみた言葉に、そうだな、と呟いて彼は椅子を半分回し窓に向き合った。
そう、此処はあの戦争とは切っても切れない、僕の生まれ育った故郷・広島。あの悪夢を、呪いの太陽をもう一度たりとも繰り返させないように僕らの組織は働いているのだ。
とは言っても、少し前までは特にこれといった仕事は無かったのだが。
数十年前に始まったとある大国同士の小競り合い。この国も数度大きな被害を受けた土地がある。その後表面上は直ぐに解決したように見えたが、裏面では上手くいっている筈がない。
どんな国も、そのような『裏の世界』で自国を守る手段を持たねばならないとの危機感を抱いた。その結果出来たのが、この組織だ。
まぁ日本は島国だから、海軍なのも納得できなくは無いんだけど。戦艦も空母も優れていた時代も有ったらしいし。僕、カッコいい船好きだし。
「だが、気を抜いては居られない。この海が美しいままで在るためには、我らの存在が必要不可欠だ。その為に今日、君を呼んだのだからな」
そうして大将はまた前を向き、いつになく真剣な表情に戻った。歳が近い分何かと話しやすいタイプだが、今向けられている眼差しはやはり指揮官のそれだった。
「君は、この海が好きか?」
「はい」
「君は、この街が好きか?」
「はい」
「君は、夢を見たいと願うか?」
「――はい」
「よろしい」
三つ問いかけたところで、彼はゆっくりと頷いた。
「そんな君に任せたかったんだ。確か、君は広島生まれだったな。
最後は独言るようにゆっくりと天井の方を向く。
「あのこたち……?」
「着いておいで。君に見せたいものがある。――夢を、観たいんだろう?」
……言われるがまま、着いてきてしまった。いや、でも、怪しすぎないか、流石に……?
これが仕事場で、相手が上司でなければ、とっくにさっさと逃げ出している。二階級特進とか、か? なら僕、これから死ぬんじゃあ……
「此方だよ。このコンテナの裏、だ」
一昔前は貿易用の港湾だったらしいが、今は見る影もなく軍港に改造された、約千年前から働いているという大きな港。
僕も市民で在る以上、遊びに来たことがない訳では無いが、組織に入ってから海に来るのは少なくなってしまっていた。
大将は小さな一軒家ほどもある巨大なコンテナの角を曲がっていく。置いていかれないよう僕も慌てて曲がる。
顔を出した途端、ふ、と影が頭上に掛かる。見下ろされた様にいきなり暗くなった感覚に驚いて、誘われるように目を上げた。そこには――
少し古く見えるもの、不安定そうな構造をしているもの、生傷だらけのもの、小山程もあるもの。威圧感と共に何処か華やかな艦が、港に揃っている。
ただ、それらの艦たちには見覚えがあった。少年の頃、目を輝かせて見ていた図鑑。その中に、これらの顔ぶれが有った気がする。
金剛。比叡。榛名。霧島。扶桑。山城。伊勢。日向。長門。陸奥。そして大和。武蔵。
少し目の当たりにしただけで名前が分かる、日本で最も有名な艦の中の十二隻。それらが、百年以上前と同じように鎮座していた。
自分の見ているものが信じられない。これらはとっくの昔に沈没、解体されて今はもう影も形も無い筈なのに――
「驚いたかい? これが、我らが組織の最終兵器だ。流石に少しは改造してあるだろうが、ほぼ現役時代と同じままだよ。そして、」
惚ける様に戦艦を見ていた僕に、大将がそう声を掛ける。
それと同時に背後から自分を見詰める視線を感じて、勢いよく振り返った。
いつの間にか、十二人の少年少女が並んでいた。
十二対の瞳が、余すところなく僕を見ている。その冷え切った眼差しに、砲を突き付けられた気分に陥った。音もなく現れた彼ら彼女らに、人間味など微塵も感じられない。
「このこたちは、艦と一心同体の兵士だよ。君にはこの艦隊を率いてもらう」
「か、艦隊……? それに一心同体って……」
「好きに接したまえ。人としてでも、艦としてでも」
困惑しすぎて話が入ってこないが、彼は構うところなく捲し立てる。
でも、と伸ばしかけた僕の手を、並んでいたうちの1人の青年が取った。
「お初にお目にかかります、総帥。そうご緊張なさらず。この通り、言葉も通じますゆえ」
彼の、耳元で緩く束ねた黒髪が揺れた。
「き、君は……」
「申し遅れました。かの隊の旗艦を務めております、戦艦『長門』でございます」
長門、と名乗った青年は少し微笑む。究極の混乱状態の中、差し出された手をつい握ってしまった。上手く笑顔を返せたのだろうか。
それを見て友好的な雰囲気だと思ったのか、「では」と大将は背を向けた。そのまま振り向く事なく歩いてゆく。
「彼等を頼むよ、
「良かったのですか、山本元帥?」
部下を置いて行った後、基地の扉を開けようとしていた彼に別の部下の一人がそう声を掛けた。
「何がかな」
「何が、って……惚けないで下さい。
あんな失敗作と最高級品……どうして組ませようとしたんです?
自分は『あれ』とほぼ同期ですから言いますけど――あんなに人の心の無い人間なんて居ませんよ! 貴方がそこまで肩入れをする意味が分かりません!」
思わず声を荒げた部下に、彼は諭す様に語りかけた。その間も一定のリズムで歩むことは止めない。
「物事には使い方があるのだよ。確かに『あれ』の成果は今のところ少ない。だからこそ、」
そこで彼は一度言葉を切った。ゆっくりと声を掛けてきた部下の方を振り返る。
その顔には先程までの品の良い表情では無く、不気味なほど冷たく整った微笑が浮かんでいた。
「どちらも一気に処分できたら僥倖だろう?」
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