第49話吸血鬼の王

「人間よ、吸血鬼の力を見たか! はっはっはっ!」


 絵理歌を壁まで吹き飛ばしたブラドは勝ち誇り笑い声をあげる。

 だが、巴絵理歌はこれで終わるような女ではない。

 壁に叩きつけられながらも立ち上がり、ブラドの前に立った。


「もう勝ったつもり? 腹は死ぬほど鍛えてるんだから、私をボディで倒せると思わないでよ」


 腹への攻撃はくると分かっていれば耐えられる。

 これは打撃全般に言えることだが、一番効く攻撃は知覚できない攻撃だ。

 もちろん耐えられる許容範囲はあるが、頭と違い腹は鍛えれば耐久力を上げることができる。

 腹は鍛えやすい箇所である為、武術家の間では腹を打たれて倒されるのは恥とされていた。

 しかし、そうは言っても息を吸った瞬間や力を入れていない時に打たれれば、どんなに鍛えていても効いてしまう。

 実力者であれば相手の呼吸を読んで打ち込むことも可能だが、絵理歌にはブラドの攻撃が見えていた。

 見えているならば耐えられる。

 ブラドの攻撃を読んだ絵理歌は腹筋を固めて耐えたのだ。


「さあ、続きを始めましょうか」


「俺の一撃を受けて死なぬ人間がいるとはな。はっはっはっ、面白い」


 強者を求める吸血鬼の本能なのか、絵理歌を強敵と認めたブラドは次第に戦いを楽しんでいた。

 再び二人が対峙し睨み合いをしていると、何かを感知したブラドが突然震え出した。


「――んなっ……この気は……まさかぁぁ……!?」


 第三ラウンドを始めようとしていた絵理歌は突然取り乱すブラドを不審に思うが、その理由をすぐに理解した。

 今まで感じたこともない強大な気の持ち主が猛スピードでこちらに向かっているのを感じ取ったのだ。

 その気の強大さに、ブラドだけではなく絵理歌の身体までガクガクと震え出す。

 強大な気を持った何かは教会の天井を突き破り姿を現した。


「ユナ……なぜお前がここに……!?」


「ユナってまさか、地上最強の吸血鬼……この子が? ……可愛い……アイドルみたい……」


 現れたのは吸血鬼の女王ユナ・ネクタリン・ポラースシュテルンその人だった。

 腰まで伸びた長い銀髪に赤く輝く瞳、身長は少し低めの155㎝ほど、年齢は絵理歌達と同じ中学生くらいに見えるが、顔立ちはシエルよりも整っていて、気の強そうな顔が印象的な美少女だった。

 日本であれば百万年に一人の美少女とキャッチフレーズがついたかもしれない。


「手酷くやられたようだが、大丈夫かシエル?」


「はい、私の力及ばずユナ様にご足労かけて申し訳ありません」


 ユナの登場にブラドは元々青白い顔をさらに青くさせてがくがくと震え、シエルは片膝をつき頭を垂れる。

 絵理歌達はユナの容姿が自分達に近い年代の美少女だったことに戸惑っていた。


「久しぶりだなブラド。ずいぶんと強くなったようだが、その分調子に乗っているようだ。私の部下を随分と傷つけてくれたな? ……楽に死ねると思うなよ」


「ひぃっ」


 ユナが殺気を向けるとブラドは後ずさり小さく悲鳴を上げる。


(あの男があんなに怯えるなんて……――てっ、晴香!)


 晴香が腰を抜かし恐怖に顔を染め下半身を濡らしていた。

 相手の力量を測ることについて、晴香は絵理歌よりも長けている。

 自分と相手の力量差でリアクションは変わるのだが、失禁までしたのを絵理歌は見たことがなかった。

 それも、この世界にきて以前よりも圧倒的に強くなった晴香がだ。

 絵理歌は晴香の反応でユナの強大さを知る。


「ブラド、私と戦いたかったのだろう? さあ、やろうか」


「くそっ……こんなはずでは……」


 ユナが戦いを求めると、ブラドは憔悴した表情で悪態を吐く。

 実際のところ吸血鬼の国を出てからのパワーアップによって、ブラドはユナを超えたと思っていた。

 しかし、自分の力量が上がったことでユナとの実力差も分かるようになり、己がどれほど他者の力を吸収しても埋められない差があることを理解してしまった。

 その為、彼我の戦力差に絶望することになったのだ。

 ユナが一歩進むごとにブラドは後ずさり、壁際まで追い込まれていた。


「ちょっと待って! そいつと戦っていたのは私よ! いきなり出てきて邪魔をしないで!」


「エリちゃん止めて! その人には絶対に勝てない……殺されるよ……」


「ふむ、獲物の横取りはマナー違反だったな。ブラドは其方に任せるとしよう。だが、言ったからには必ず仕留めてみせよ」


「もちろんよ」


 ユナの乱入に絵理歌が待ったをかけた。

 今までの攻防でブラドを倒すことができると感じていたからだ。

 別に吸血鬼ハンターの称号が欲しい訳ではない。

 ただ強い相手と戦って勝ちたいだけなのだ。


 一方ブラドはユナの乱入に肝を冷やしたが、戦いが続行されると知るとほくそ笑む。

 生意気な人間を殺し、隙を見て霧化で逃げるチャンスができたと思ったのだ。

 だがブラドは知らない。

 どう頑張ったところでユナから逃げることは不可能だということを。

 吸血姫ユナ・ネクタリン・ポラースシュテルンの乱入で中断されていた戦いが再開された。

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