第50話ブラド戦決着

「バカな人間だ! 余程死にたいようだな!」


 ブラドは叫びとともに襲いかかってくるが、焦ってはいても攻撃は慎重で、真直ぐに向かってくると見せて霧化で後ろに回り込み拳を振るってきた。

 だが、戦闘が長引いたことによって霧化で姿は見えなくとも気の流れで位置を掴めるようになった絵理歌がブラドの拳に自分の拳をぶつけることで防御すると、ゴッと骨同士がぶつかる鈍い音が鳴る。


「くっ、貴様あ!」


 防御されたブラドは痛みで顔をしかめる。

 それは正確には防御ではなく攻撃だった。

 繰り出されるブラドの拳足に絵理歌は正確に自分の拳足を合わせていく。

 普通に身体を狙っての攻撃では霧化で躱されるが、ブラドが攻撃してくる部位は実体だと判断したからだ。

 絵理歌の攻撃を嫌がったブラドは一度離れて距離をとった。


「なぜだ! 吸血鬼の身体強度が人間に劣るはずはない。なぜ俺だけがダメージを受けている?」


「私は小さい頃から部位鍛錬を積んできたわ。パワーだけ上げた貴方とは積み上げてきた基礎が違うのよ」


 最近ではやらない武術家も多いが巴理心流では部位鍛錬を重視している。

 サンドバックを打ち込むだけでも十分部位は鍛えられるが、巴理心流では砂袋や木人椿など他の武術で使っている鍛錬具を使用して鍛えている。

 最強には停滞していてはなれない。

 他の技術や道具も取り入れて、進化を続けてきたのが巴理心流なのである。


「吸血鬼の身体が人間ごときに劣るはずがあるものかあ!」


 拳足の痛むブラドは通常の攻撃では不利だと判断し、練り上げた気を拳に集中させて打ってきた。

 迫る拳を絵理歌はアッパーで下から突き上げて弾くと懐に入り、がら空きになった右脇腹にレバーブローを打ち込んだ。

 威力の低い攻撃では効かないと思わせて、隙のできる大きい攻撃を狙い打ったのだ。


「がはぁぁ……」


 絵理歌の拳に肋骨を砕いた感触が伝わる。

 それもそのはず、絵理歌の拳はブラドの腹にめり込み、レバーを守る肋骨は陥没していたのだから。

 レバーを打たれたブラドは呼吸が止まり土下座の体勢で地面に倒れ、「ヒュー、ヒュー……」とまともに呼吸することができずに地獄の苦しみを味わっていた。

 頭を打たれれば気を失うこともできるが、腹を打たれると意識を失うこともなく苦しみ続けることになる。

 腹を打たれて気を失うのは基本的には漫画やゲームの中だけなのだ。

 倒れ伏すブラドを見下ろし絵理歌は残心を取った。


「見事、人間が上級吸血鬼に足を踏み入れたブラドを倒すとはな。ブラドの処遇はこちらに任せてほしいのだが構わぬか?」


「私に決める権利はないけどいいんじゃないかな。貴方を止められる人なんていないだろうし」


 ブラドの処遇を任せるよう要求してきたユナに絵理歌は答える。

 ユナから発される強大な気に、彼我の戦力差がどれほどあるのか分からないほど絵理歌も感じていた。

 目の前にいる最強の存在を止められる者などこの世にいないだろうと絵理歌は思う。

 己が目指す最強の頂の高さに目眩がするほどに。


「ひぃっ……くるな、殺さないでくれ……」


「ブラド、お前は吸血鬼族のルールも多種族のルールも破った。生かしておくわけにはいかない」


 ユナが近づくと吸血鬼の回復力で喋れる程度に回復したブラドは顔を引きつらせて命乞いを始めた。

 怯えるブラドにユナが手をかざすと気の奔流が迸る。

 気の奔流がおさまると、ブラドは跡形もなく消え去っていた。


「これでブラドが配下にした自我を持たない屍鬼と下級吸血鬼は消えたはずだ。親を殺せば自我を確立していない配下は存在を保てないからな。元に戻すことはできないので消すしかない」


 ユナの言葉通りブラドが消滅すると、晴香達が倒した下級吸血鬼達は塵になって消えていった。


「ユナさん、ブラドに配下にされたばかりでまだ吸血鬼に変化してない人間は治せないんですか?」


 吸血鬼への変化中であるトールと孤児院の子供達は消えていない。

 シエルの話では時間内に処置すれば元に戻すことができると言われていた為、早く治療してやりたかったのだ。


「吸血鬼族に変化中の多種族を元に戻すには紅水仙という植物から抽出できる薬が必要なんだが、あいにく手持ちがなくてな」


「紅水仙なら私達が持ってます! 治してもらえませんか!」


 吸血鬼化を治すのに必要な紅水仙を持っていた絵理歌はユナに治療を頼むのだった。

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