第45話黒幕

 絵理歌達は軽い足取りで走るシエルに案内されて、騒動の首謀者と思われる吸血鬼のもとへ急いでいた。


「エリちゃん、シエルさんてかなり……」


「うん……強いね。走る姿を見ただけで運動神経の良さがわかるよ」


 軽快に前を走るシエルの姿を見て、晴香と絵理歌は体の使い方の上手さから相当な手練れであると予想する。

 悪い人ではないと思いたいが用心が必要だと二人は警戒を強めた。


「シエルさん、どうして場所が分かるんですか?」


「ん~、単純な話ですよ。私はこの騒動が起きてから状況を観察してました。その中で屍鬼の出現数が一番多い地域に向かってます」


 謎の多いシエルを不審に思った絵理歌が問いかけると、少し考える素振りを見せて簡潔に答えた。

 話を聞く限り間違ったことは言っていないように感じる。


「おい、こっちって……蓮華教の教会がある方向だぞ」


「えっ、トール君それって……教会が危険な状況ってこと?」


「そうですよ。屍鬼の出現場所は蓮華教の教会方面です。そこに何があるかまではわかりませんが、現状一番怪しい場所です」


 蓮華教の教会方面に進むことに不安を覚えるトールとジニーにシエルは答える。

 すると、シエルの言葉を肯定するかのように、教会に近づくにつれて屍鬼の数は増えていった。

 屍鬼を倒しつつ進み教会に辿り着くと、禍々しい気と魔力を感じる。


「やばいのがいるわね……。まだ姿も見えないのに震えてくるわ……」


「どうやら当たりみたいですね。どんな吸血鬼に会えるのか楽しみです。さあ、行きましょうか!」


 教会内から発される強大な気と魔力に絵理歌達の体は震えるが、シエルは楽しそうに先へ進んで行く。

 扉を開けてすぐの礼拝堂には男が一人立っていた。

 黒髪オールバックの青白い肌をした男だった。

 男の周りにはマヤを含む子供達が横たわっている。


「司祭様……」


「でも……司祭様は体調を崩して寝たきりだったはずじゃ……」


 病気で寝たきりになっているはずの司祭が放つ禍々しい雰囲気にトールとジニーは動揺する。

 司祭は絵理歌達を一瞥すると口を開いた。


「司祭か……俺はお前達の知っている司祭ではない。奴は俺との戦いに敗れ、人間にしては強かったその体を奪った。俺は吸血鬼族最強になる男、ブラドだ」


「貴方が最強? 笑わせますねブラド」


「お前は……」


 ブラドが名乗りを上げるとシエルが食ってかかった。

 お前が最強など片腹痛いとせせら笑う。


「私を忘れてしまいましたか? 貴方が国を出てから随分たちますからね」


「……シエルか? いつまでも昔のままと思うなよ。俺はお前達が血を断っている間も飲み続け力を増している」


「お前らだけで話を進めるんじゃねえ! 司祭様の敵!」


 一触即発の空気を放つシエルとブラドに、空気を読まないトールが割り込んだ。

 トールは剣を抜き放ち斬りかかるが、簡単に防がれて捕らえられてしまう。

 だから不意打ちの時は声をかけるなって言ったのにと絵理歌は思うが、そこまで教えてはいなかった。


「何だこいつは? そうか、教会で育ったガキか。では、お前もそこに転がってる奴らの仲間にしてやろう。運がよければ下級吸血鬼くらいにはなれるかもしれんぞ」


 ブラドは鋭い爪で自分の腕を傷つけると、捕まえたトールにその血を飲ませる。

 血を飲んだトールはビクンと体を跳ねさせるとぐったりと意識を失う。

 ブラドは気を失ったことを確認し、トールを子供達の所に放り投げた。


「トール君!」


 ジニーがトールのもとに走り寄り、声をかけ体を揺するが意識は戻らない。


「無駄だ。そいつの体は吸血鬼族に変化している最中だ。丸一日は眠ったままだろう。そして、目を覚ました時は吸血鬼族の仲間入りだ。もっとも、俺の僕としてだがな」


「そんな……」


「吸血鬼族は血を与えた者を配下にすることができるのです――」


 シエルは絵理歌達に吸血鬼族の血について簡単に説明する。

 吸血鬼の血を飲んだ者は一日後に目覚め、血を与えた者の配下になる。

 元々の強さや血分した吸血鬼との相性によって分かれるが、屍鬼か下級吸血鬼なる。

 目覚める前に処置すれば助けることができるという内容だった。


「じゃあ、あいつを倒してからシエルさんに治してもらえばいいってことですよね。だったら私が倒します」


でしょエリちゃん。さすがにあんな化物とタイマンさせられないよ」


「それに私達が負けたらこの町は壊滅するわよ」


「絶対に負けられない戦いですわ!」


「あたしらの歌、聞かせてやろうぜ」


「ディステル会の皆さん待ってください! バカな同胞の始末は私につけさせてください。あんなのでも同じ国の生まれですから」


 戦いに向けて戦意を向上させる絵理歌達にシエルが待ったをかける。

 戦闘モードに入ったシエルの気と魔力が上昇し、優しそうな雰囲気はなくなりブラドを睨みつけた。


「同胞ってことは、もしかしてシエルさんって……」


「ええ、私も吸血鬼なんですよ。ユナ様の命を受けてはぐれ吸血鬼狩りをしています。皆さんには私が負けた場合の保険としてきてもらいました。もし負けちゃったらお願いしますね」


 シエルはそう言って絵理歌達に笑いかけた。

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